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一から学ぶ ほつまつたえ講座 第154回 [2024.4.27]

第二八巻 君臣 遺し宣りの文 (4)

著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com

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 きみとみのこしのりのあや (その4)
 君臣 遺し宣りの文 https://gejirin.com/hotuma28.html
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 またさるた むかしさつくる さかほこき うつくしきすす
 わいきたち かかんのんてん ときまちて みちあらはせよ

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 「またサルタ 昔 授くる サカホコキ うつくしき鈴
 ワイキタチ “かかんのんてん” 時待ちて 道 現せよ」

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■サカホコキ ■うつくしき鈴 (うつくしきすず) ■ワイキタチ
アマテルが昔サルタヒコに授けた3つの品ということですが、どういう物なのか、また
どういう経緯でサルタヒコに授けたのかについて手がかりとなる記述はありません。

 サルタヒコはアマテルの帰天後、この3遺品を “サコクシロ内宮” で8万年守り、
 アマテル神の御杖代としてやってきたヤマト姫に渡して世を去ります。 ▶御杖代
 ヤマト姫は3遺品をアマテル神を纏る源として、すでに朽ち果てていた
 アマテル神の宮を再建します。それが現在の伊勢神宮の基です。〈36アヤ〉


かかん・のん・てん

■道 (みち)
これは 「妹背の神の教え」、すなわち 「妹背の道」 をいい、
すべての人間が 世に生きる上での指針となすべき道です。
換言すれば、陽陰の道陽陰和る道調の道和の道トコヨの道 です。

 

【概意】
「またサルタよ。昔授ける サカホコキ、うつくしき鈴、ワイキタチ。
 “かかん・のん・てん” 時を待ちて、道を世に現せよ。」

 この言葉は、アマテルが帰天すれば、しばらく “道” が
 世から失われるだろうことを予見しているようです。



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 またきさき ひろたにゆきて
 わかひめと ともにゐこころ まもるへし
 われはとよけと をせおもる ゐせのみちなり

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 「また后 ヒロタに行きて
 ワカ姫と 共に妹心 守るべし
 我はトヨケと 背を守る 妹背の道なり」

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■后 (きさき)
アマテルの御后(=内宮)である セオリツ姫 を指します。
またの名が あまさかるひに向つ姫(あまさかるひにむかつひめ) です。


ヒロタ (拾た/廣田)
カナサキ夫妻が、イワクス船に乗せて流されたワカ姫(斎名ヒルコ)を拾って育てた宮の名です。
またワカ姫の神霊はヒロタ宮に纏られたようです。西宮は廣田宮の別名です。

 ワカ姫の尊 捨てられて 「拾た」 と育つ カナサキの 妻の乳を得て アワウワや 〈ホ1-1〉

 
■妹心 (ゐこころ) ■妹道 (ゐみち)
「妹(=陰・女)の本質」 という意で、“負けて和し(まけてやわし)” の心をいいます。
これは 「陽の能動を和らげて受け入れる陰の本質的な性質」 のことで、“妹道” とも呼ばれます。
ヰ(▽妹)は イモ(妹)の略形です。


トヨケ
マナヰの朝日宮に纏られる 「トヨケの神霊」 をいいます。


■背を守る (をせおもる)
“妹心守る” の逆で、「背(=陽・男)の本質を守る」 ということです。
陽の本質とは 「外に働きかける性質・能動性」 をいいます。

 背心と妹心の関係は、外にエネルギーを放射する “太陽” と、
 そのエネルギーを受け入れて木草を育む “大地” の関係にも似ています。

 天より慈 地に編みて 連なり育つ 子の例 父の恵みは 頂く天 母の慈し 載する埴 〈ホ16ー7〉


妹背の道 (ゐせのみち・いせのみち)

 

【概意】
「また后はヒロタに行きて、ワカ姫と共に妹心を守るべし。
我はトヨケと共に背の心を守る。妹背の道なり。」


 これは “神となって世を離れたら” という話だと思います。
 おそらくセオリツ姫はアマテルの帰天に御供したのでしょう。
 これも、しばらく “道” が失われて世は混乱するだろうから、
 「共に妹背の道の灯台を守ろうぞ」 と言ってるように思われます。

 西宮神社にワカ姫、そして廣田神社にセオリツ姫が纏られ、
 真名井神社にトヨケ、そして籠神社にはアマテルの神霊が纏られる理由は、
 このアマテルの言葉によるのでしょう。

  廣田神社 (ひろたじんじゃ)
  兵庫県西宮市大社町7-7。
  現在の祭神:撞賢木厳之御魂天疎向津媛命
      (つきさかきいつのみたまあまさかるむかいつひめのみこと)
  
・かつて 向か津峰 と呼ばれた六甲山全山は、廣田神社の社領であったという。

  西宮神社 (にしのみやじんじゃ)
  兵庫県西宮市社家町1-17。
  現在の祭神:西宮大神 (蛭子神)
  ・もと廣田神社の境外摂社。

  真名井神社 (まないじんじゃ)
  京都府宮津市江尻、籠神社奥宮。
  現在の祭神:豊受大神

  籠神社 (このじんじゃ)
  京都府宮津市字大垣430。
  現在の祭神:彦火明命 (天照御魂神)



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 またこやね なんちよくしる たけこかこ くしひこうまれ
 すくなれは さつくみほこに かんかみて みもろにいりて
 ときまつも みちおとろはは またいてて をこさんためや

―――――――――――――――――――――――――――――
 「またコヤネ 汝 良く知る タケコが子 クシヒコ 生まれ 
 直ぐなれば 授く御矛に 鑑みて ミモロに入りて
 時待つも 道 衰はば また出でて 興さんためや」

―――――――――――――――――――――――――――――

コヤネ
この時点ではまだウガヤ朝廷の左の臣(=鏡の臣)を務めています。

         ┌フツヌシ
        ??┤
         └アサカ姫┐
              ├──アマノコヤネ
 ツハヤムスビ─??─ヰチチ─┘     ├──オシクモ──タネコ
                    ├──ヒタカヒコ
 トヨケ─??─ヲバシリ─タケミカツチ─ヒメ  (ヒタチ)


■タケコ
アマテルの三つ子の姫の長女で、母は北の局の内侍ハヤコです。 ▶アマテルの5男3女
オホナムチの妻となり、クシヒコらを生みます。 ▶オホナムチ
タケコは斎名で、帰天後は オキツシマ姫(奥津島比売命) と贈り名されます。


■クシヒコ
オホナムチ(斎名クシキネ)とタケコの長男で、クシヒコは斎名です。
はじめはコトシロヌシとして 父であるオオモノヌシの補佐代理を務め、
後には父の後を受けて2代オオモノヌシとなります。

     イサナギ ┌ソサノヲ─オホナムチ(初代モノヌシ)
       ├──-┤       ├───クシヒコ(2代モノヌシ)
    ┌イサナミ └アマテル──タケコ    │
    │                   ├──ミホヒコ(3代モノヌシ)
    │                   │
 トヨケ┴ヤソキネ──タカキネ───────ミホツ姫

 その曲りなき忠功により、ニニキネからは ヲコヌシ(大地主・大国主) の尊名を賜り、
 さらにアマテルよりは ヤマトヲヲコのミタマ(和皇籠の御霊・大和大国魂) の尊名を賜ります。


■授く御矛 (さづくみほこ)
オオモノヌシとは “国家のヤヱガキ(八重垣・汚穢垣)の主” であることを、
クシヒコが悟ったことに感銘を受けたアマテルは、皇位継承の証として二尊より受け継いだ
アマノサカホコ (和の逆矛)
をクシヒコに授けました。

・これ “ヤヱガキ” は モノノベの 名なりと己が 央に応ゆ 〈ホ23ー7〉
二尊の 賜ふ逆矛 幸ひに その気を得れば 譲るなり 〈ホ23ー8〉


■ミモロに入りて時待つ (みもろにいりてときまつ)
”国家の和を守る永遠の垣” となることを誓ったクシヒコは、アマテルより二尊の “和の逆矛” を
譲られた意味を深く考えた末、神となって世の汚穢/曲りを見守る道を選び、ミモロの山の洞に
拝領の逆矛を抜き持ったまま入って、ヤマトの神 (=ミモロ神=オオモノヌシ神) となります。
こうして世に和の道が衰え、その再興が必要となる時に備えるのです。

てれば統べらの よよの垣 己が央なりと 誓いなす 〈ホ23ー7〉
「霊の緒入れて 皇の よよ守らんは 和の道」 
ミモロの山に 洞掘りて
 
和の逆矛 放けながら 入りて静かに 時を待つ
〈ホ23ー8〉

 

【概意】
「またコヤネよ。汝も良く知るタケコの子、クシヒコは生れ付きが素直なれば、
御矛を授けた意味に鑑みて、ミモロの洞に入って時を待つのも、道が衰えたら
また出て再興するためや。」


 これも、“道” が失われて世が乱れる時には、きっとクシヒコが出てきて
 再興するだろうことを予言しています。



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 なんちまた かかみのとみは かろからす
 かみおみやこに ととむへし われもまもらん これなりと

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 「汝また 鏡の臣は 軽からず
 神を都に 留むべし 我も守らん これなり」 と

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■鏡の臣 (かがみのとみ)
皇の最側近の臣である 「左の臣」 の別名で、「ヤタ臣」 とも呼ばれます。 ▶左の臣
この臣は 天と地(神と人)を結ぶ アメノマツリ(陽陰の纏り) を主な任務とします。
この時点ではアマノコヤネが鏡の臣を務めています。


■神を都に留む (かみおみやこにとどむ)
「天上界の神霊を都(=タカマ)に纏わす」 という意味で、 ▶タカマ
上に示した、鏡の臣の主要な職務である “陽陰の纏り” の意味を説明するものです。

・ハコ国の尊 ヒタカミの タカマに纏る ミナカヌシ〈ホ2-4〉
・斎名タマキネ 元明を写す タカマに アメミヲヤ 元々・天並 三十二神 纏れば 〈ホ4-1〉
・鏡臣 すえ滅ぶれば 民 離れ 日月 踏まれず 〈ホ24ー1〉

つまり鏡の臣が 天界の神 (特に日月の太神霊) を地に纏らずして、その恵みは得られずという意味です。

 陽陰の纏りを 立ておけよ … … 纏りなければ 陽陰恵み 漏れて落つるぞ 〈ホ13-5〉

 

【概意】
「また汝が務める鏡の臣の役目は軽からず。神を都に留めるべし。
我も <天の日月に還って> 守らんと思うのはこれなり」 と、



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 みよのみははこ みをしてと
 なんちかすかよ のこしもの たかにもちゆき ささけよと
 みつからこれお さつけます かすかはきみに たてまつる
 かみのをしてと さをしかの かむりとはもは ここちりそ

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 みよの御衣箱 御ヲシテと 
 「汝カスガよ 遺し物 タガに持ち行き 捧げよ」 と
 自らこれを 授けます カスガは君に 奉る
 神のヲシテと 差使の 冠と 衣裳は “菊散” ぞ

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■みよの御衣箱 (みよのみはばこ)
「アマテルが天界の神と交わる時の御衣裳を収める箱」 をいいます。 ▶御衣

 ★みよ
 ミユ(見ゆ)の名詞形で、「合わせ・結び・交え・まみえ」 などを原義とし、
 この場合は 「神との交わり」 を意味します。ですからイノリ(祈り)の換言です。


■御ヲシテ (みをして)
ミ(御・▽上・▽神)ヲシテ(押手) で、この場合は 「アマテル自筆の文」 を意味します。
具体的には不明ですが、“世に遺す歌”“還し宣歌” を指すのかもしれません。


■タガ (多賀・▽治曲)
タガの宮 です。また この宮の主であるカモヒトを指します。 ▶カモヒト


カスガ

■差使の冠 (さをしかのかむり)
差使八手の冠(さをしかやたのかむり) の略です。


衣裳 (はも)

菊散 (ここちり)
アマテルの祭礼用の衣裳の紋(模様)の一つです。
「菊の花を散らした紋」 と考えますが、ホツマはこの紋の由来については説明していません。
しかしアマテルが神と交わる時に召した衣裳ですから、最も神聖な紋として尊ばれたことは
疑いないでしょう。

 “菊散” と ”ヤマハ留色” の 三つの紋 神の装ひの 御衣裳なるかな 〈ホ26ー4〉

 ★菊 (ここ)
 菊の花の形は 九重(ここのゑ) を表すもので、そのゆえに名も “ここ” です。

 

【概意】
祭礼用の衣装箱と自筆の文を持ち出して、 
「汝カスガよ、遺し物なり。タガに持ち行き捧げよ」 と、自らこれを授けます。
カスガはカモヒト君に 神の御文と差使の冠と御衣裳とを奉る。御衣裳は “菊散” ぞ。



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 みゆきのみこし まなゐにて
 あまてるかみは うちつみや とよけはとみや
 かれかすか おくりてのちは つとめおり
 みかさやしろの たまかえし くにをさまれは かれもなし

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 神逝きの神輿 マナヰにて
 アマテル神は 内つ宮 トヨケは外宮
 故 カスガ 送りて後は 務め降り
 ミカサ社の 霊還し 国治まれば 枯れも無し

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神逝き・御幸 (みゆき)
この場合は 「神に還る」 ための御幸であるため、特に “神逝き” と当てています。


神輿・御輿 (みこし)
これもアマテルが 「神に還る」 ために召す輿であるため、特に “神輿” と当てています。


マナヰ
アマテルの辞洞をサルタに掘らせた場所です。 ▶辞洞

 我 世を 辞まんと サルタに穴を 掘らしむる マナヰに契る 朝日宮 同じ所 〈ホ28ー3〉


■内つ宮・内宮 (うちつみや・うちみや) ■外宮 (とみや)
もともとマナヰの朝日宮にトヨケの神霊が纏られていましたが、同じ所にアマテルの神霊を纏り、
トヨケの神霊を纏る宮を “外宮”、アマテルの神霊を纏る宮を “内つ宮” と呼びます。
現在 内つ宮は 籠神社、外宮は 奥宮 真名井神社 と呼ばれています。

 アマテルとトヨケの神霊は、垂仁天皇の時代に “サコクシロ内” (現在の宇治) に移されますが、
 内つ宮と外宮の一対の関係は、伊勢の 内宮(ないくう)外宮(げくう) にも引き継がれます。
 真名井の宮が 「元伊勢」 と呼ばれるのはこのためです。


送る (おくる)

■務め降る (つとめおる)
「ウガヤ朝廷における左の臣(=鏡の臣)の任を降りる」 ということです。
この後任として 長男のオシクモをハラ宮より召して左の臣に任じます。 ▶オシクモ ▶ハラ宮

 これの先 ハラのオシクモ 召し上す 弟ヒタチは 若きゆえ 〈ホ27ー6〉


■ミカサ社 (みかさやしろ・みかさや)
大和国の 「カスガ県を治める政庁社」 で、ミカサ山(=春日山)の麓にあるため
こう呼ばれ、フモトヤシロ/フモトヤ(麓社)ともいいます。 ▶カスガ県 ▶社
この社の主、つまりカスガ県の領主が アマノコヤネ(=カスガ尊) です。
ミカサ社の跡が現在の春日大社です。

 ★ミカサ (▽神和)
 ミは カミ(神)の略形で、カサは カス(▽和す・▽交す)の名詞形です。
 ですから 「神の合わせ・神の纏り」 を意味します。
 ちなみに アマノコヤネ(▽陽陰の交和)カスガカミ(▽上下和み)、またその父ヰチチの
 ココトムスビ(▽上下結び)、あるいは カガミ(▽明暗見) なども 実は同じ意味です。

 春日大社 (かすがたいしゃ)
 奈良県奈良市春日野町160。
 現在の祭神:春日神 (武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神の総称)


霊還し (たまかえし)
日月の太神霊の顕現であるアマテル大御神が世にあった時は、その恵みにより
霊の緒が乱れて霊が迷うといったことが、ある程度抑えられていたと考えられます。
しかしアマテル神が世を去った今、どのような変化が現れるか計り知れません。
そのためコヤネは大規模な “霊還し” をミカサ社で行い、多くの迷える魂魄を
陽元(日)と陰元(月)に還したものと推測されます。

 

【概意】
神逝きの神輿はマナヰに到り、アマテル神は内つ宮に纏る。トヨケは外宮。
しかればカスガは、神を送った後は務めを降り、ミカサ社にて霊還し。
それにより国は治まれば、衰えもなかった。



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 まつりのあやお みつそめて ひとつもちゆき
 ひよみなす ふたゑにさつけ みもすその さこくしろうち
 あらためて あまてるかみの うちつみや

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 纏りの文を 三つ染めて 一つ持ち行き
 日夜見なす フタヱに授け 裳裾の “サコクシロ内”
 改めて “アマテル神の 内つ宮”

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■纏りの文・祭の文 (まつりのあや・まつりのふみ)
“陽陰の纏りの文” の略で、「神 (特に日月の太神霊) を世に纏る文」 という意味です。 ▶陽陰の纏り
アマノコヤネが、アマテルの遺言に鑑みて、後の世に遺すために書いた文と考えられます。
ヒフミ(霊文)とも呼ばれます。コヤネは3つコピーを作り、アメフタヱと、ヲヰエ(=オシクモ)と、
サルタヒコに授けます。

 汝また 鏡の臣は 軽からず 神を都に 留むべし 我も守らん これなり 〈ホ28-4〉

 アマノコヤネの後裔の中臣氏は、祝詞によって祭祀を司りました。
 その祝詞は “中臣祭文” “中臣祓詞” などと呼ばれますが、その元ネタは
 コヤネの書いた この “纏りの文/祭の文” だろうと推測します。


日夜見 (ひよみ)

フタヱ (二重・▽付合)

■裳裾のサコクシロ内 (みもすそのさこくしろうち)
ミモスソ(裳裾)は ミモ(裳)スソ(裾) の同義語連結で、どちらも 「下・末・隅」 などが原義です。
この場合は 天界のサコクシロ内に還ったアマテル神が、かつて仮住まいした 「下界のサコクシロ内」
というような意味かと思います。 ▶サコクシロ内


■アマテル神の内つ宮 (あまてるかみのうちつみや)
ゆえにコヤネは アマテル神が天に還った後、“サコクシロ内” を
“アマテル神の内つ宮” に名を改めます。 ▶内つ宮

 

【概意】
コヤネは陽陰の纏りの文を3つ染めると、1つを持ち行きて 日夜見を務めるフタヱに授け、
裳裾の “サコクシロ内” を “アマテル神の内つ宮” と改名する。



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 やもつかふかみ はんへりて ひもろけささけ あにことふ
 ゐせのみちうく かんとみの つかふかみらか はへるゆえ
 うちはへところ かすかかみ ふとのとことお つかさとるかな

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 八百継がふ守 侍りて ヒモロケ捧げ 天に応ふ
 妹背の道受く 上臣の 継がふ守らが 侍るゆえ
 “大人侍所” カスガ尊 太宣詞を 司るかな

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■八百継がふ守 (やもつがふかみ)
アマテル神の妹背の道を学ぼうと、アマテル神の内つ宮 にいるカスガ(=アマノコヤネ)に
「まとい付く非常に多くの守」 をいいます。
アマテル神が世を去った今、妹背の道に最も精通するのがアマノコヤネだからです。 ▶妹背の道

 ヤモ(八百)は 「非常に多いさま」 を表します。
 ツガフ(継がふ)ツガル(連る・鎖る・綴る)の変態で、「連なり続く・纏いつく」 などの意です。
 カミ(守)は 「民を守り導く上位者」 を意味し、「臣・司」 と同じです。


ヒモロケ (▽斎供・胙)

■天に応ふ (あにことふ)
「天界と相対する・神と交信する」 などの意です。 ▶応ふ


■妹背の道受く上臣 (ゐせのみちうくかんとみ)
「妹背の道を受けた上位の臣」 という意で、これは カスガ(=アマノコヤネ) を指します。
コヤネは若い時は御内に侍り、アマテルから直に妹背の道の教えを受けています。 ▶御内

御使人は 御内に侍る カスガマロ カタマを据えて 松の蔭 〈ホ11-2〉
・神は
妹背の 道 開く 我はカスガに これ受けん 〈ホ13-1〉


■大人侍所 (うぢはべどころ)
ウヂ(大人・氏)は 「守・司」 の言い換えです。“アマテル神の内つ宮” には、
妹背の道を求めて、多くの “大人” が集って侍るようになったため、
“大人侍所” の異名を持つようになったということです。

 ウチ(内)と共に、ウヂ(大人)も “宇治” の語源なのでしょう。


■太宣詞 (ふとのとこと)
フト(太)は フツ(▽悉つ・▽沸つ)の名詞形で、「上・高・勢・栄・優」 などの意を表します。
「繁栄の宣詞・祝福の宣詞」 のような意で、つまりこれこそが 「祝詞」 です。  ▶宣詞

 

【概意】
すると多くの守がコヤネに連なり続き、御供を捧げて神と交わる。
妹背の道を受けた上臣の、まとい付く守らが侍るゆえ “大人侍所”。
カスガ尊は太宣詞を司るかな。



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 むよろとし へてこそつきる さくすすそ
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 六万年 経て 去年尽きる 幸鈴ぞ
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■六万年経て (むよろとしへて)
「五十鈴が自然に生えてから6万年を経て」 ということです。
これはほぼ、「アマテル神の帰天から6万年を経て」 と考えて良いと思います。

去年 (こぞ)
アヤ冒頭の “50鈴1000枝の20年” の 「前年」 ということです。

 五十鈴の 千枝の二十年 天替る 「暦まだ」 とて モノヌシが イセに詣でて 〈ホ28-1〉


幸鈴 (さくすず)
鈴の木(=真榊)は、普通 999枝60穂 の合計6万年で寿命が尽きますが、
この自然に生えてきた50本目の鈴(五十鈴)は 1000枝20穂まで永らえ、
例外的に20年余分の寿命を保ったことになります。

 

【概意】
<五十鈴の> 6万年を経て去年尽きる幸鈴ぞ。


 ここでようやく 暦がまだ改まっていない理由の説明が終り、
 話はもとに戻ります。

 

本日は以上です。それではまた!

 

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