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徹底解説ほつまつたえ講座 改訂版第21回 [2023.8.3]

第五巻 和の枕言葉の文 (4)

著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com

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 わかのまくらことばのあや (その4)
 和の枕言葉の文 https://gejirin.com/hotuma05.html
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 のちあわみやに みことのり みちひきのうた
 あわきみよ わかれおしくと つまおくる
 をうとはゆかす ゆけははち
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 後 アワ宮に 御言宣 導きの歌
 和君よ 別れ惜しくど 妻送る
 夫は逝かず 逝けば恥

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■アワ宮 (あわみや:和宮)
アワ(合・和)ミヤ(宮) で、「アワ国の都」 を意味します。
この場合は 「アワ宮の主・アワの宮さま」 である イサナキ を指します。

 アワ宮は 「オキツの宮・オキツボ」 の別名です。


御言宣 (みことのり)
イサナミの父で、先代の国君であるトヨケの御言宣です。


■和君 (あわきみ)
アワはアマの変態で、アワキミは アマツキミ(和つ君) と同じです。
これは 「国君・中央政府の君」 の別名です。


■別れ惜しくど (わかれおしくど)
「別れ惜しくとも」 の略です。

 助詞の 「と・ど」 は トモ(伴・共)の略形で、「合せて・同時に」 などの意を表します。


■送る (おくる)
「回す」 が原義ですが、一周すると元へ返るので、「返す/還す・戻す」 の意味があります。
ここでは 「元(あの世)に返す・天に送還する」 の意です。


夫 (をうと)
「陽」 を意味し、「夫婦の男」 をいいます。“ヨヲト” とも呼ばれ、反対語はヨメ(嫁)です。


■逝く・往く・行く (ゆく)
原義は 「回る・めぐる」 です。やはり一回りすると元の所へ返るので、「返る/還る・戻る」 の
意味を持ちます。ここでは 「元に(あの世)に返る・天に帰還する」 の意です。


■恥 (はぢ)

 

【概意】
後にアワ国の宮に帰ると、トヨケの御言宣。
導きの歌。
「和君よ、別れ惜しくとも妻を送るのだ。
夫は逝かず。逝けば恥となる。」

 

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 しこめにおはす よしあしお しれはあしひく よもつさか
 ことたちさくる うつわあり
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 鬼霊に追わす 善し悪しを 知れば足退く 黄泉境
 言立ちさくる 器あり
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鬼霊 (しこめ)


善し悪し (よしあし)
ヨス(寄す)+アス(▽離す) の名詞形で、アスは アル(離る)の他動詞形です。
ですから 「寄せと離し・合と離・好き嫌い」 などが原義です。


足退く (あしひく)


■黄泉境 (よもつさか)
黄泉辺境(よもつひらさか)と同じです。


■言立つ (ことたつ)
「言を立てる・言明する・宣言する・宣誓する」 などの意です。
これにどういう意味があるのかについては こちら を参照願います。
これは黄泉辺境でイサナミと交わした宣誓をいい、
イサナキは 「調の道を教えて臣民を生み育て続ける」 ことを誓いました。

 イサナミと 黄泉辺境 言立ちす
 イサナミ曰く 「麗しや かく為さざらば 千頭を 日々にくびらん」
 イサナキも 「麗しや 我 その千五百 生みて誤ち 無きことを 守る」〈ホ5-3〉


■さくる (決る・刳る)
サクルサカル(盛る)の他動詞形で、シャクル(決る・刳る)の変態です。
「上げる・掬う・救う・栄す」 などの意を表します。


■器・▽現 (うつわ・うつは)
今とは意味が異なります。ウツ(現)と同源で、「凝固物・形を持つ物」 が原義です。
ですから 形の無い 「霊・エネルギー」 に対して、形ある物はすべて “うつわ” です。
ここでは 「目に見える形・目に見える成果」の意味で使われています。

 ウツワは ウツ(▽落つ/打つ)+ツフ(▽沈ふ/▽集ふ) の名詞形で、
 「落ちて沈むさま・下降」 また  「合い集まるさま・凝集」を意味します。
 これは 天地創造の過程における陰の動き (重くて下って凝る) です。

 

【概意】
「イサナミは鬼霊を使って汝を黄泉より追ったが、
その善し悪しを知ればこそ、汝も黄泉の境まで退いたのだろう。
汝はそこで調の道を守ることを宣誓し、それにより国家を救い、
その成果は目に見える形となった。」

 

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 みそきにたみの ととのいて いやまととほる
 あしひきの ちゐものおたの みつほなる
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 禊に民の 調いて イヤマト通る
 葦引きの 千五百の生田の 瑞穂成る
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禊 (みそぎ)
ミソギは 「曲りを直して調和すること」 をいいます。
ここでは 「アワ歌で民の言葉を直し、またその心を調和したこと」 をいいます。


■イヤマト・ヰヤマト (▽弥真ト・▽弥和)
「いよいよの調和・大いなる和・和の真髄」 というような意味です。
ヲヤマト(大和・百和)・モヤマト(最和・百和) などともいいます。

 イヤ(弥)+マト(真ト・▽弥和・▽弥円)、イヤ(弥)+ヤマト(和) の略、
 また イ(威・偉/慰)+ヤマ(▽和)+ト(▽調) など、様々に解釈できますが、
 いずれも意味は一緒です。


■葦引き (あしひき)
「雑草を引き抜くこと」 をいいます。中央政府の皇統がオモタル&カシコネで途絶えた後、
政治不在が長く続いたため、民心と土地は荒廃し、田畑はさながら葦原のように雑草が
繁茂していました。二尊はここに調和の道を敷いて民の心を和します。
すると民は雑草を引き抜き始め、田畑を甦らせたのです。
“あしひき” には先に出てきた 「足退く」 と、この 「葦引き」 の2つの意味があるわけです。


■千五百の生田 (ちゐものおた)
チヰモ(千五百)は 「中国(なかくに)に存在する村の総数」 をいいます。(23アヤ出)
オタ(▽生田・小田・御田)は 「植える処」 が原義で、「田畑」 と同じです。


■瑞穂 (みづほ)
ミツ(見つ・充つ・満つ)+ツフ(▽集ふ・▽統ふ) の名詞形で、
「満ちて結ぶもの・実り・充実・結果・成果・収穫」などを意味します。
辞書は “瑞穂” と当てており、本講座もそれにならっています。

 

【概意】
調和の道に民の心は調って、和の真髄が通り、
葦を引き抜いた千五百の村の田畑が実を結ぶ。

 

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 まとのをしゑに かかんして のんあわくには てんやまと
 ひきてあかるき あしはらの うたもさとれよ
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 マトの教えに かかんして のんアワ国は てんヤマト
 引きて明るき 葦原の 歌も悟れよ
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■マトの教え (まとのをしゑ:真トの教え・▽和の教え)
「調和の基本の教え」 の意で、トノヲシヱ(調の教え)とも呼ばれます。

 ★マト (真ト・▽真調)
 23アヤでのアマテルの言によれば、“まことのト” の略で、
 「調和の本質・調和の基本・調和のエッセンス」 などの意です。


★かかん・のん・てん
“かかん・のん・てん” は慣用句で、カカンは 「とっかかり・始まり」、
ノンは 「伸び・進展」、テンは 「至り・極み・頂・天」 を表します。
ですから 発生−成長−成熟、あるいは 春−夏−秋 みたいな意で、これは
「何事も一足飛びにはいかないもので、順序を踏むことが必要」 ということです。

 大祓詞の “可可呑みてむ(かかのみてむ)” は、もとはこれだと思います。

 荒塩の塩の 八百道の 八塩道の塩の 八百会に坐す
 速開都比売と云ふ神、持ち
可可呑みてむ


アワ国 (あわくに:▽和国・▽合国)
アワ(陽陰・合・和)も、やはり マト(▽和)・ヤマト(和) の同義語です。


■ヤマト
この場合は “イヤマト” の短縮音で、「和の真髄が通る国」 という意です。


■引きて明るし (ひきてあかるし)
二尊が民を引き(導き)、その民が葦を引き抜いて、調ったことをいいます。
ですから ヒク(引く)には2つの意味を重ねています。
アカルシ(明るし)は アカル(明る)+シ(=如し) ですが、今の “明るい” とは
意味が異なります。「直ぐで曲りがない・調って治まる・晴れる・平穏である」
などが原義で、そのゆえに 「見通しがよく明らか・わかりやすい」 の意を表します。


■葦原の歌 (あしはらのうた)
二尊が民を導き、その民が葦を引き抜いて調った、
“葦原(=中国)の歌” という意です。「アワ歌」 をいいます。

 

【概意】
葦原となっていた中国は、
マトの教えに始まり、伸びてアワ国となり、至りてヤマト国となる。
二尊が民を導き、その民が葦を引き抜いて、ついに調う葦原の中国。
民の教えはアワ歌に始まることにも心いたせよ。

 

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 まとみちの とほらぬまえの
 あしひきの まくらことはは うたのたね
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 マト道の 通らぬ前の
 葦引きの 枕言葉は 歌の種
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■マト道 (まとみち:▽真ト道・▽和道)
「調和の本質の道・調和の道・和の道」 などの意です。 ▶マト
調の道(とのみち・とのち)、和の道(やまとのみち・やまとぢ) とも呼ばれます。


■葦引き (あしひき)
この場合は 「植え付け前の草取り」、つまり 「下準備」 の意に使ってます。


枕言葉・枕詞 (まくらことば)
「前もって置く言葉・土台の言葉」 などの意ですが、
これは下準備を意味する 「葦引き」 と同じことです。


■歌の種 (うたのたね)
タネ(種)は 「具材・素材・ネタ」 をいいます。

 ★種・胤 (たね)
 タネは タヌの名詞形で、タヌは チナム(因む)の母動詞 “チヌ”、
 あるいは ツナグ(繋ぐ)の母動詞 “ツヌ” などの変態です。
 「続き・つながり・連なり」 などが原義で、“種” はその 「原因側」、
 “胤” は 「結果側」 を表します。

 

【概意】
和の道が通る前の “葦引き” にも似た、枕言葉は歌の種である。

 

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 あしひきはやま ほのほのは あけぬはたまは
 よるのたね しまつとりのう
 おきつとり かもとふねなり
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 “あしひき” は ヤマ “ほのぼの” は アケ
 “ぬばたま” は ヨルの種 “しまつとり” の ウ
 “おきつとり” カモ と フネなり
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   ここは57調が少々いびつなため言葉の区切りを調整しています

■あしひき (足退き/葦引き)
本来は “足退き” は ヨモツ/ヨミ(黄泉)に、“葦引き” は ヤマト(和) にかかるはずですが、
それを ヤマ(▽病・▽疚) と ヤマ(▽和) で置き換えたようです。


ほのぼの (仄々)
アケ(明け)にかかります。


■ぬばたま (射干玉)
ヌバタマはヒオウギの真っ黒な種子をいい [写真]、ヨル(夜) または
ヨ(夜・世)にかかります。その種子の黒さが夜/世の暗さを象徴します。


■しまつとり (▽垂没鳥・▽下末鳥)
シマツは シム(▽垂む・▽下む)+マツ(▽没つ・▽末つ) の名詞形で、
「沈没」 を意味します。ですから 「沈没する鳥・水に潜る鳥」 の意です。
そのため ウ(鵜) にかかります。


■おきつとり (息つ鳥)
オキ(息)+ツ(=の)+トリ(鳥) で、オキは イキ(息)の変態です。
オキ/イキ(息)は 「往き来・出し入れ」 が原義で、オキツトリは 「足を往き来させて泳ぐ鳥」
また 「往き来する鳥=渡り鳥」 を意味し、これは カモ(鴨) の別名です。

太古オキツヒコは、鴨の泳ぐさまを見て、櫂漕ぎ船を発明します。
そのため おきつとりは カモ(鴨)とフネ(船) にかかります。

 シマツヒコ 朽木に乗れる 鵜の鳥の アヅミ川行く イカダ乗り
 棹差し覚え 船となす 子のオキツヒコ 鴨を見て 櫂を造れば 〈ホ27〉

 

【概意】
“あしひき” は 「やま」、“ほのぼの” は 「明け」、
“ぬばたま” は 「夜」 の種。
“しまつとり” の 「鵜」、“おきつとり” は 「鴨」 と「船」 の種なり。

 

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 このあちお
 ぬはたまのよの うたまくら さめてあかるき まえことは
 こころおあかす うたのみち みそきのみちは みおあかす
 やまとのみちの おおいなるかな
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 この味を
 “ぬばたまの夜の 歌枕 覚めて明るき 前言葉”
 心を明かす 歌の道 身濯ぎの道は 身を明かす
 ヤマトの道の 大いなるかな

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■ぬばたまの夜の歌枕 (ぬばたまのよのうたまくら)
「暗い夜のように意味が見えない 歌の枕言葉」 という意です。

 ★まくら (枕)


■覚めて明るき前言葉 (さめてあかるきまえことば)
「知ってしまえば明らかな前言葉」 という意です。前言葉=枕言葉 です。

 ★明るし・▽和かるし (あかるし)
 アカル(明る)+シ(=如し) ですが、今の “明るい” とは意味が異なります。
 「直ぐで曲りがない・調って治まる・晴れる・平穏である」 などが原義で、
 そのゆえに 「見通しがよく明らか・わかりやすい」 の意を表します。

 ★明る・▽和かる (あかる)
 アク(▽和く)+カル(▽和る) の同義語短縮で、アクは ハク(接ぐ)ナク(和ぐ) の変態。
 カルは カヌ(兼ぬ)の変態で、両語とも 「合う・和む」 が原義です。
 「和合する・調和する・平穏となる・素直となる・晴れて治まる」 などの意を表します。


■明かす・▽和かす (あかす)
アク(▽和く)+カス(和す) の同義語短縮で、両語とも 「合わす・やわす」 が原義です。
「調和する・直し調える・平穏に治める・曇りを晴らす」 などの意を表します。
アカル(明る)の他動詞形です。


■禊 (みそぎ)
ミソギは 「曲りを直して調和すること」 をいいますが、
ここでは 「水の流れに身を濯ぐ」 という具体的な行為をいうのでしょう。


■ヤマトの道 (やまとのみち:和の道/日本の道)
「調和の道・和の道」 の意です。調の道(とのみち・とのち)、和道(まとみち)ともいいます。
ここではおそらく 「日本国の道」 の意もかけているでしょう。


大い (おおい・おほい・おほひ)

 

【概意】
この味わいを称して “ぬばたまの夜の歌枕、覚めて明るき前言葉” と。
心を調和する歌の道。禊の道は身を調和する。和の道の偉大なるかな。

 

本日は以上です。それではまた!

 

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