⇦前の講座          目次           次の講座⇨ 

 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

一から学ぶ ほつまつたえ講座 第134回 [2024.3.16]

第二四巻 コヱ国 ハラミ山の文 (9)

著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 こゑくにはらみやまのあや (その9)
 コヱ国 ハラミ山の文 https://gejirin.com/hotuma24.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

―――――――――――――――――――――――――――――
 みはむゐしなお ゐつわけて なかすゐしかわ せきいれて
 あれわおいけて なるかみお わけてしつむる かくつちと
 みつはめおうむ あおいはと かつらにいせの みことのり

―――――――――――――――――――――――――――――
 実食む五品を 厳別けて 流す五枝川 堰き入れて
 粗地を活けて 鳴神を 別けて鎮むる カグツチと
 ミヅハメを生む 葵葉と 桂に妹背の 御言宣

―――――――――――――――――――――――――――――

■実食む五品 (みはむゐしな)
「食用の果実の5品」 という意で、今風に言えば 「五穀」 でしょうか。


■厳別く (ゐつわく・いつわく)
「きびしく選別する・厳選する」 という意と考えます。 ▶厳


■五枝川 (ゐしかわ)
ニニキネ一行が八州巡幸中に掘った 「5つの枝川」 の意と考えます。 ▶枝(し) ▶枝川


■堰き入る (せきいる)
セク(塞く・堰く)+イル(入る) の連結動詞で、
「流れを狭めたり塞いだりして水を取り込む」 という意です。


■粗地を活く (あれわおいく)
アレワ(▽粗地)は 「荒れた土地」。
イクイケル(埋ける)、またイカス(活かす)の母動詞で、この2つの意味を重ねます。
つまり 「水を埋けて荒地を活かす」 ということです。


■鳴神を別けて鎮むる (なるかみおわけてしづむる)
雷を 稲光(火)と雨(水)に 「分解して鎮める」 という意です。 ▶鳴神

 これはニニキネが 鳴神の主である ウツロヰ を手懐けたこと、また
 ヤマサの神より “火水の清祓” を得たことをいうものと思います。


■カグツチとミヅハメを生む (かぐつちとみづはめおうむ)
雷を 稲光(火)と雨(水)に分解して 「火の神と水の神を生む」 という意です。 ▶カグツチ ▶ミヅハメ


■葵葉と桂 (あおいはとかつら)
“葵と桂” は 「女男・夫婦・陰陽・月日」 を象徴する草木です。
葵が 「女・陰・月」 で、桂が 「男・陽・日」 です。
ここでは 「ニニキネ&アシツ姫の夫婦」 を 「桂葉と葵葉」 にたとえています。

 桂の葉と葵の葉は 形がよく似ていますが、 ▶桂葉の画像 ▶葵葉の画像
 桂の木が高くそびえるのに対し、葵は地表近くに低く留まります。
 そのため、天地創造の際 上に昇って天となった陽を 「桂」 に、
 下に降って地となった陰を 「葵」 になぞらえたものと考えられます。


■妹背の御言宣 (いせのみことのり)
「妹背の御神の御言宣」 という意です。 ▶妹背の御神

 

【概意】
実を食む5品を厳しく選別し、
5つの枝川を流しては水を堰き入れて荒地を生かし、
鳴神を稲光(火)と雨(水)に別けて鎮めてカグツチとミヅハメを生んだ
葵葉(=アシツ姫)と 桂(=ニニキネ)に 妹背の御神の御言宣。



―――――――――――――――――――――――――――――
 あめはふりてり まつたきは いかつちわけて かみおうむ
 これとこたちの さらのゐつ
 わけいかつちの あまきみと をしてたまわる

―――――――――――――――――――――――――――――
 「陽陰は振り照り 全きは 雷別けて 神を生む
 これトコタチの 更の稜威」
 “ワケイカツチの 天君” と ヲシテ賜わる

―――――――――――――――――――――――――――――

■陽陰は振り照る (あめはふりてる)
アメ(陽陰)は 「日月・父母」 を意味し、“葵桂” の言い換えです。
つまりこれは 「ニニキネ&アシツ姫の皇君夫婦」 を指します。
フリテル(振り照る)は “和して恵る”  “和照らす” の換言です。
ですから 「日月(葵桂)が和して恵る」 という意です。

 天が下 和して恵る 日月こそ 晴れて明るき 民の父母なり 〈ホ7ー4〉

 ★振り照る (ふりてる)
 フル(振る)は 「回す・めぐらす・配る・恵む」 などの意で、“恵る” の換言。
 テル(照る)は 「明らかにする・曇りを晴らす・直す」 などの意で、“和す” の換言です。


■全き (まったき)
マッタシ(全し)の連体形が名詞化したもので、「完全無欠・究極」 などを意味します。
マッタシの連用形が マッタク(全く)です。


■雷別けて神を生む (いかつちわけてかみおうむ)
イカツチ(雷)は ナルカミ(鳴神)の別名です。 ▶雷 ▶鳴神
カミ(神)は この場合は 「火の神カグツチと水の神ミヅハメ」 をいいます。
つまり前段の “鳴神を別けて鎮むる カグツチとミヅハメを生む” と同じことを言ってます。


■トコタチの更の稜威 (とこたちのさらのゐつ)
「トコタチが成し遂げたさらなる殊勲」 という意です。 ▶トコタチ ▶更 ▶稜威
これは ニニキネがトコタチの生まれ替わりか、トコタチから指導を受けていることを意味します。


■ワケイカツチ (別雷/▽分活土)
2重の意味があり、1つは “別雷” で、「雷を別けて火と水の神を生む」 ことをいいます。
もう1つは “分活土” で、「土を分けて地を活かす」 という意です。これは 川や池を掘り、
その土を積み上げて山を造るという、ニニキネの壮大な土木事業を称えるものです。


■天君 (あまきみ)
「天神の神霊が世に現れた君」 という意味です。天神(あまかみ)はトコタチの別名です。 ▶トコタチ

 これについてホツマツタヱの他の箇所では次のように述べています。

 ・「今ニニキネの 先神霊 クニトコタチの業神霊 現る稜威」 と
  かがなえて “ワケイカツチの天君” と 名付け賜わる 〈ホ序〉
 ・大御神 褒めて 「御孫は天神の現る稜威」 と 賜ふ名は “ワケイカツチの天君” 〈ホ30〉


ヲシテ (押手)

 

【概意】
「日月(=葵桂)は和して恵り、究めには雷を別けて神を生む。これトコタチのさらなる殊勲」 と、
“ワケイカツチの天君” と称号を賜わる。



―――――――――――――――――――――――――――――
 ひろさわお おおたにほらせ くにとなす
 あまねくとふる ほつまふり たのしみうたふ

―――――――――――――――――――――――――――――
 ヒロサワを オオタに掘らせ 国となす
 あまねく通る ほつま風 楽しみ歌ふ

―――――――――――――――――――――――――――――

■ヒロサワ (広沢)
この名は 京都市右京区嵯峨広沢町にある 広沢池 に残ります。 ▶沢


オオタ (▽生田)
コモリの12男で、オオタは オフ(生ふ)+タ(田) で、「田を生む者・田を生かす者」 の意と考えます。

 大田神社 (おおたじんじゃ)
 京都府京都市北区上賀茂本山340。
 現在の祭神:天鈿女命
 ・上賀茂神社の摂社で、この付近の沼沢池を開墾して栄えた賀茂氏の崇敬を受けた。
  東側の沢池を 「大田の沢」 といい、野生のカキツバタが名高く、
  『神山や 大田の沢の かきつばた ふかきたのみは 色にみゆらむ』と歌われた。


■国となす (くにとなす)
これがヤマシロ(山背)の “国” として始まりではないかと考えます。
ニニキネの灌漑事業によって田が生れ、多くの民が住むようになったため、
周辺の既存の県と合せて一つの国となした、ということでしょう。
行政区画としての “国” は 80の県の集合体です。 ▶八十侍の国

 ★山背・山後 (やましろ)
 琵琶湖側から見た 「山のうしろ」 という意です。


■ほつま風 (ほつまぶり)
「“地上ほつま” の風潮・国柄」 などの意で、つまり 「調和と繁栄の風潮」です。 ▶風(ふり・ぶり)

 

【概意】
ヒロサワをオオタに掘らせ、山背を国となせば、
あまねく行き渡る調和と繁栄の風を民は楽しみ謳歌する。



―――――――――――――――――――――――――――――
 つかるには ぬまほりあけて たみつうむ
 あそへのおかの ゐゆきやま なよさとうみて
 かつしまや かつみねやまと しまあいに かつうおなれは
 このうおお あらたにいれて わおこやす

―――――――――――――――――――――――――――――
 ツガルには 沼 掘り上げて 田水埋む
 アソベの丘の 居雪山 七万里 埋みて
 数島や 数峰山と 島間に 数魚生れば
 この魚を 新田に入れて 地を肥やす

―――――――――――――――――――――――――――――

■ツガル (津軽)
“カシマタチ” によって出雲の国を追われたオホナムチが、その後の忠を評価されて、
新たな知行地として賜った 「ヒスミの国」 の別名です。 ▶ヒスミ

 ツク(尽く)+カル(離る) の短縮 “ツカル” の名詞形で、
 「至って離れるさま・辺鄙・辺境」 を意味し、アソベ(彼辺)・シマツ(島津)・ヱミシ(蝦夷)
 などとも呼ばれます。いずれも 「辺境・ど田舎」 の意を表す名です。


■沼掘り上げて田水埋む (ぬまほりあげてたみづうむ)
「沼地を掘り上げて田の水を埋ける」 という意です。 ▶掘上げ田
湿地なので土から水がしみ出てきて、ある程度自然に水が溜るのでしょう。


■アソベの丘 (あそべのおか)
「辺境の丘・辺境の高台」 という意の地名です。 ▶アソベ

 ★丘・岡 (おか)
 オキ(起き)の変態で、「高まり・隆起」 が原義です。


■居雪山 (ゐゆきやま)
「居雪が積もる山」 という意です。 ▶居雪
これは アソベの丘(辺境の高台)に 掘った沼の土を積み上げて、
雪が積もるほどの高さの山を造ったということでしょう。
“ヰユキヤマ” が訛って イワキヤマ(岩木山) に転じたと考えられます。

 岩木山神社 (いわきやまじんじゃ)
 青森県弘前市百沢字寺沢27。  
 現在の祭神:顕国玉神 (うつしくにたまのかみ)
 ・岩木山(625m) の南東麓に鎮座。岩木山周辺は古く 「アソベの森」 と呼ばれた。
 <筆者注> 顕国玉神はオホナムチの贈り名。


■数島や数峰山 (かづしまやかづみねやま)
「多くの島や多くの高い山」 という意です。

 ★数 (かづ・かず・かぞ)
 カツ(糅つ)カス(和す) の名詞形で、「合わせ・足し・多いさま」 を意味します。


■七万里 (なよさと)
いちおう 「7万里」 と解釈しましたが、これは自信がありません。
サト(里)は 距離/面積の単位か、郷里制における最小単位区画の 「里」 をいうと考えられますが、
どちらの場合にせよ “7万” という数は巨大すぎると思うからです。(ハラミ山でも9千里ですから)

 峰に降る雪 池水の 末九千里の 田と成りて 〈ホ24ー4〉

 

【概意】
津軽のオホナムチは沼を掘り上げて田水を埋ける。
<掘った土を積み上げて> アソベの丘の “居雪山” を成せば、
<その山から引く水は> 7万里を潤す。
多くの島や多くの峰山を成し、島間に多くの魚が生れば、この魚を新田に入れて地を肥やす。


 ニニキネがヤマクヒに 太陽の山(=ハラミ山:富士山)を模して、
 日似の山(=比叡山)を造らせて以来、地方の領主たちもそれを真似します。
 居雪山(=岩木山)もその1つであり、現在も 「津軽富士」 と呼ばれます。

 汝ヤマクヒ 山後 野を堀り土を ここに上げ 太陽の山を 写すべし 〈ホ24-8〉



―――――――――――――――――――――――――――――
 あまのこやねも かすかくに とふひのおかに
 やまとかわ ほりてつくれる みかさやま
 ゐよのいふきは あめやまに うつしたおなす

―――――――――――――――――――――――――――――
 アマノコヤネも カスガ地 飛日の丘に
 ヤマト川 掘りて造れる ミカサ山
 伊予のイブキは アメ山に 写し田を成す

―――――――――――――――――――――――――――――

■カスガ地 (かすがくに)
中国の 「カスガ県」をいい、後の 「大和国添郡」 です。
霊還し” の方法論を開発したヰチチが、アマテルよりココトムスビの尊名と
カスガ県の領主の地位を賜りました。その後ヰチチは引退し、この時点では
ニニキネの鏡臣を務めるアマノコヤネが領主です。

           ┌フツヌシ
          ??┤
           └アサカ姫┐
                ├──アマノコヤネ
 ツハヤムスビ──??──ヰチチ─┘     │
          (ココトムスビ)     │
                      │
 トヨケ─??─ヲバシリ─タケミカツチ───ヒメ


■飛日の丘 (とぶひのおか)
「移した日の山・ハラミ山の写し」 という意です。
現在も 「飛火野」 という名は残っています。

 トブ(飛)は 「移し・移転」 を意味します。
 ヒノオカ(日の丘)は ヒノヤマ(日の山)の換言で、ハラミ山を指します。


■ヤマト川 (やまとがわ)
現在の “大和川” とは別物です。コヤネが掘ったヤマト川は、
ミカサ山の麓の地に田水を運ぶために掘った川だったと考えられますが、
そうなると現在の春日大社付近に発する菩提川(率川)をいうのかもしれません。


■ミカサ山 (みかさやま)
今日 "三笠山・御蓋山" と記されるこの山は、色々な説があって
結局どの山を指すのかよくわからない山ですが、現在の地図で言う
「春日山」 と考えていいようです。正確には春日山の西峰を成す山といい、
標高283mです。

 ヤマト川を掘った土を積み上げて、日の山に似せて造った山が “飛日の丘” で、
 “ミカサ山” はその別名、ということのようです。


■伊予のイブキ (いよのいぶき)
「伊予の国を治めるイブキヌシ」 という意です。 ▶イブキヌシ


■アメ山 (あめやま)
愛媛県松山市天山町にある 天山(あめやま) をいうものと思います。
高さ50m、周囲1520m の分離丘陵で、山頂には 天山神社 があります。
アメ山は “陽陰山” で、「アマテル神の山=日の山」 の意と考えます。

 天山神社 (あめやまじんじゃ)
 愛媛県松山市天山町2-2。
 現在の祭神:天照皇太神、天櫛眞知命

 

【概意】
アマノコヤネも カスガの地の “飛日の丘” に、ヤマト川を掘って造る “ミカサ山”。
伊予を治めるイブキヌシは、“アメ山” に <日の山を> 写して田を成す。



―――――――――――――――――――――――――――――
 あすかきみ かくやまうつし みやのなも
 はせかわほりて あすかかわ ふちおたとなす

―――――――――――――――――――――――――――――
 アスカ君 香山写し 宮の名も
 ハセ川掘りて アスカ川 淵を田となす

―――――――――――――――――――――――――――――

アスカ君 (あすかきみ)

■香山写す (かぐやまうつす)
“香山” もハラミ山の別名の1つです。 ▶香山

 “香山写す” とは、ハラミ山を模した山をアスカの地に造ったということです。
 おそらくそれが橿原市の 天香久山(あまのかぐやま:152m) なのでしょう。
 ホツマにも “あまのかぐやま” の名称が登場しますが、それは本家本元のハラミ山を指します。
 “あま” は 「アマテル神」 を表し、その誕生地のカグヤマという意味です。


■宮の名も (みやのなも)
これは ハラミの香山を模して アスカに香山を造ったついでに、
宮の名も “アスカ宮” から “カグヤマ宮” に改めたということです。
しかし アスカ宮・アスカ君 の名も従来通り用いられます。


■ハセ川 (はせがわ)
これは現在の 「初瀬川」 の一部ではないかと思います。


アスカ川 (あすかがわ)
この川はテルヒコが、クシヒコ・コヤネの反対を押し切って
アスカに宮を移した穢れを、みそぎするために掘った川でした。

 諸 諮り ついに移して アスカ川 周に堀りて 禊なすかな 〈ホ20-4〉


■淵を田となす (ふちおたとなす)
「ハセ川を掘った土でアスカ川の深みを埋めて田となした」 ということです。 ▶淵
飛鳥川の淵が埋められて浅瀬となった記憶は、はるか後世の歌にも詠まれています。 ▶飛鳥川

 世の中は 何か常なる 飛鳥川 昨日の淵ぞ 今日は瀬になる 〈古今和歌集〉

 

【概意】
アスカ君も 香山(=ハラミ山)を写し、宮の名も <カグヤマ宮と改める>。
ハセ川を掘り、<その土で> アスカ川の淵を埋めて田となす。



―――――――――――――――――――――――――――――
 すかたひめ きみにもふさく これわろし
 むかしくしひこ いさめしお あさけるけかれ みそきなす
 これおすつれは またけかれ なにかみありと いさむれは

―――――――――――――――――――――――――――――
 スガタ姫 君に申さく 「これ悪ろし
 昔 クシヒコ 諌めしを 嘲る穢れ 禊なす
 これを棄つれば また穢れ 何神あり」 と 諌むれば

―――――――――――――――――――――――――――――

スガタ姫 (すがたひめ)
アスカ君の内宮です。この時点でこの皇君夫婦に子供はいません。 ▶内宮


■クシヒコ諌めしを (くしひこいさめしお)
テルヒコがイカルカの宮に入ってまだ間もない頃、高殿に四方を望む際、
領庭山(しらにはやま)にカラスが飛ぶのを見て 隈野(穢れの地)と思い込み、
宮を移転すると言い出しますが、これをコヤネとクシヒコが 「時期尚早」 と
身を挺して諫めたことをいいます。〈20アヤ〉
しかしテルヒコはこの諫めを聞き入れず、アスカ宮への遷都を決行します。
その結果 コヤネとクシヒコはアスカ朝廷から離脱し、ニニキネのもとに
参じることになるのです。
 
 ★諫む (いさむ) ★諫め (いさめ)
 イス(▽結す)+アム(編む・▽和む) の短縮で、両語とも
 「和す(やわす)・調える・まっすぐにする・直す・正す」 などが原義です。


穢れ (けがれ)

■何神あり (なにかみあり)
何度も穢れ(=曲り・逸脱)を重ねるような思慮の足りない君を
「どこの神が守りましょうか!?」 という意に解しています。

 

【概意】
スガタ姫は君に申して、
「これはいけない。昔クシヒコの諌めを軽んじた穢れを濯いだアスカ川。
これを棄てれば再びの穢れ。そんな君をどこの神が守りましょうや !?」
と諌めれば、



―――――――――――――――――――――――――――――
 かくやまをきみ これきかす おうなのまつり いつこある
 なんちはこのた こはおえす つまにならぬと けふさりて
 とよまとかめの はつせひめ つまとめさるる

―――――――――――――――――――――――――――――
 カグヤマ皇君 これ聞かず 「女の政 何処ある
 汝はこの田 子は生えず 妻にならぬ」 と 契 更りて
 トヨマトが姫の ハツセ姫 妻と召さるる

―――――――――――――――――――――――――――――

■カグヤマ皇君 (かぐやまをきみ)
都の名を “アスカ宮” から ”カグヤマ宮” に改めたことに準じて、
テルヒコの称号も アスカ皇君 から ”カグヤマ皇君” に改めています。


女 (おうな)
今に言う オンナ(女) です。

 “オウ” は オル(下る)の変態で、「下がる・降りる」 が原義です。
 これは天地創造の際に 下降して地となった 「陰」 を意味します。
 “ナ” は ヲキナ(翁)セナ(兄な・夫な) などの “ナ” と同じで、「〜なる者」 の意を表します。


■契更る (けふさる)
この場合は 「夫婦の契りをチャラにする・夫婦関係を解消する」 という意です。 ▶契・係 (けふ)


■トヨマト
この人物については手がかりがありません。
唯一、大市八幡神社の祭神の中にこの人物と思しき名が見えますが、
神社の由緒は何も語っておらず、また門守りの トヨマド を指すのかもしれずです。

 大市八幡神社 (おおいちはちまんじんじゃ)
 兵庫県西宮市若山町3-31。
 現在の祭神:誉田別尊、天児屋根尊、大日霊女尊、豊間戸尊


■ハツセ姫・ハセ姫 (はつせひめ・はせひめ)
トヨマドの娘で、ハセ姫とも呼ばれます。
カグヤマ皇君(=テルヒコ)の2人目の内宮として召されます。

 

【概意】
カグヤマ皇君はこの諫めも聞かず、
「女がまつりごとに口を挟むなど どこの世にあろうか。
汝はこの田に子は生えず、妻にならぬ」 と、
夫婦の契りを解き、トヨマドの娘のハツセ姫を妻に召される。



―――――――――――――――――――――――――――――
 あすかかは おおやますみは これうつし
 さかむのおのに あらたなし かくのきうえて まうらかみ
 よよたちはなの きみとなる

―――――――――――――――――――――――――――――
 アスカ川 オオヤマズミは これ写し
 サカムのオノに 新田生し 香の木植えて “マウラ守”
 代々 “橘の君” となる

―――――――――――――――――――――――――――――

■オオヤマズミ
3代オオヤマズミのマウラです。

 サクラウチ───カグツミ─┬カグヤマ──カゴヤマ
[初代ヤマズミ]   [2代]   ├カンタマ
              └マウラ──┬イワナガ
               [3代]   └アシツ姫


■サカム (▽境・▽相模)
サカフ(境ふ)の変態 サカム(▽境む)の名詞形で、サカイ(境)と同義です。
「伊豆半島と三浦半島の間の国」 をいい、現在は 相模(さがみ) と呼ばれます。


■オノ (▽合野・小野)
オフ(合ふ・会ふ)ノ(野) の短縮で、「間の所」 を意味し、
これは サカム(▽境)、ヱノシマ(合の州・会の州・江の島) の換言です。

 したがって サカム(相模)=オノ(小野)=ヱノシマ(江の島) なのですが、
 慣例的に “サカムのオノ”  “サカムヱノシマ” と2連にして言う場合が多いです。
 また タニ(谷) とも サクラ(▽刳) とも換言されます。


■新田 (あらた)
マウラが新田を開発した地区は、現在の 「川崎」 をいうように思います。
参考:http://www.arimaonsen.jp/konjaku2.htm


香の木 (かぐのき)

■マウラ守 (まうらかみ)
“マウラ” は マ(間)+ウラ(浦) で、「(伊豆半島と三浦半島の) 間の浦」 の意か、と思案中です。
もしそうなら、“サカム”  “オノ”  “ヱノシマ”  “タニ”  “サクラ” の換言です。
また ナカナカ のように、‘マ’ と ‘ミ’ の音には互換性があるため、
マウラ=ミウラ(三浦) なのかもしれません。

 
■橘の君 (たちばなのきみ) ■香君 (かぐきみ)
橘が植えられたことにより、この新田地区は “タチバナ” と名づけられたのでしょう。
また以後、相模を治める地守は、橘の君(たちばなのきみ)・香君(かぐきみ)とも
呼ばれるようになります。後世 タチバナ(橘)の地は武蔵国に組み入れられます。

 

【概意】
<淵を埋めて田となした> アスカ川、オオヤマズミはこれを真似て
相模の国に新田を開発し、香の木を植えて “マウラ守”。代々 “橘の君” となる。



―――――――――――――――――――――――――――――
 きみさかおりの つくるなも はらあさまみや
 よそおひは こかねおかさり たまうてな うるしいろとり

―――――――――――――――――――――――――――――
 君 サカオリの 付くる名も ハラアサマ宮
 装ひは 黄金を飾り 珠台 漆彩り

―――――――――――――――――――――――――――――

■君 (きみ)
ハラ皇君=ニニキネ を指します。


■サカオリ (▽栄下り)
サカオリの宮」 の略です。“ハラミの宮・ハラ宮” とも呼ばれます。


■ハラアサマ宮 (はらあさまみや)
ニニキネが サカオリ宮(=ハラミの宮・ハラ宮) に付けた新名です。

 ハラ(孕)は ハラミ(孕み)と同じで、二尊が日月の神霊を 「孕んだ」 ことを表します。
 アサマは イサミ(勇み)の変態で、「高まるさま・栄えるさま」 が原義ですが、
 ここでは “アサマ山” の略で 「高峰・高頂・高千穂」 の換言です。
 ですから 「日月の神霊を孕む高峰の宮・ハラの高千穂の宮」 のような意味と思います。


■珠台 (たまうてな)
「荘厳絢爛な高殿」 という意味でしょう。 ▶珠 ▶ウテナ

 

【概意】
ニニキネ君がサカオリに付ける名も "ハラアサマ宮"。
その装いは 黄金の装飾、荘厳絢爛な高殿、漆の彩り。



―――――――――――――――――――――――――――――
 かけはしの すへれはゆうの たひつけて
 かけはししたふ たひすかた
 なおゆたかにて そよろとし みつほのほれは たみやすく

―――――――――――――――――――――――――――――
 掛橋の 滑れば木綿の 足袋付けて
 掛橋慕ふ 旅姿
 なお豊かにて 十万年 瑞穂上れば 民 和ぐ

―――――――――――――――――――――――――――――

■木綿の足袋 (ゆうのたび)
ユウ(▽木綿)は ここでは絹などに比べて 「すべりにくい布・植物繊維由来の布」 をいいます。
タビは タメ(溜め)の変態で、タイ(袋)と同一だろうと思います。


■掛橋慕ふ (かけはししたふ)
「(滑る) 掛橋に親しむ・なじむ」 などの意です。 ▶慕ふ


■瑞穂上る (みづほのぼる)
「収穫が増える・成果が上がる」 などの意です。 ▶みづほ


和ぐ (やすぐ)

 

【概意】
<漆塗りの> 掛橋が滑るため、木綿の足袋を付けて掛橋になじむ旅姿。
なおも豊かに10万年。実りも増えて民は健やかに調う。



―――――――――――――――――――――――――――――
 にわにすむつる ちよみくさ そそきねおはむ
 いけのかめ はおはむよろの うらかたは あふとはなると
 かめうらは みつわくわかぬ

―――――――――――――――――――――――――――――
 庭に棲む鶴 千代見草 濯ぎ根を食む
 池の亀 葉を食む 万の 占形は '合ふと離る'と
 亀占は 水 '湧く湧かぬ'

―――――――――――――――――――――――――――――

千代見草 (ちよみぐさ)

占形 (うらかた)

■合ふと離る (あふとはなる)
陽陰の 「付きと離れ」 をいい、“合ふ失す”  “和る離る”  “ツクバ/ツクマ” などの換言です。 

 これは 「合と離」 を繰り返すことで、陽陰(男女)の関係がしっくりと落ち着いてゆき、
 最後には一つに融合することを意味し、「陽と陰のふるまいの本質」 を表すものです。

 

【概意】
庭に棲む鶴が千代見草を濯いで根を食み、
池の亀が葉を食む姿を描く多くの占形は ‘合うと離れる” とを占う。
亀占は 水の ‘湧く湧かぬ’ を占う。


 現在でも長寿の縁起物として、鶴亀を描いた屏風や掛軸などがありますが、 ▶画像
 これはその起源を説明しているのだと思います。もとはハラミ山麓のハラアサマ宮の
 庭に棲む鶴と亀が、千代見草を食む姿を描いたものだったということでしょう。
 もともと長寿の鶴と亀が 千代見草を食べるというのだから、そりゃ凄いですよ。
 また鶴と亀が一緒にいる姿は “男女の縁” を占うものだったようです。
 鶴は “吊る” の名詞形で 「上・陽」、亀は “内に縮こまる” から 「陰」 を表すのでしょう。

 鶴亀の占とはまた別に、水が湧く場所を占った “亀占” というのも行われたようです。
 亀の行く場所には水があるということでしょうかね。



―――――――――――――――――――――――――――――
 みこころお つくすみまこの ほつまなるかな
―――――――――――――――――――――――――――――
 実心を 尽す御孫の ほつま成るかな
―――――――――――――――――――――――――――――

実心 (みこころ)

■御孫のほつま成る (みまごのほつまなる)
「御孫ニニキネの心のほつま(調和)が、そのまま地上に形となって現れる」 という意で、
次と同じことを言ってます。

 地上の 実柱のまま なる如く 政 ほつまに 調ひて 〈ホ24ー8〉

そしてまた これはアマテルの次の言葉が実現したことを表します。

 汝ら纏り 怠らず ほつま成る時 ヤタ安ぶらん 〈ホ23ー8〉

 

【概意】
真心を尽す御孫の、その心のほつま(調和)が、地上に現るかな。

 

本日は以上です。それではまた!

 

⇦前の講座          目次           次の講座⇨