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一から学ぶ ほつまつたえ講座 第149回 [2024.4.17]

第二七巻 御祖神 船霊の文 (7)

著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com

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 みをやかみふなたまのあや (その7)
 御祖神 船霊の文 https://gejirin.com/hotuma27.html
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―――――――――――――――――――――――――――――
 さきにつくしの かんたちは そをのふなつの ふとみみお
 やすにめとりて ふきねうむ のちもろともに かみとなる
 おおものぬしは ふきねなり
 とよつみひこと をさめしむ のわさをしえて たみおうむ

―――――――――――――――――――――――――――――
 先にツクシの カンタチは ソヲの船津の フトミミを
 ヤスに娶りて フキネ生む 後 両共に 神となる
 オオモノヌシは フキネなり
 トヨツミヒコと 治めしむ 野業教えて 民を埋む

―――――――――――――――――――――――――――――

■ツクシのカンタチ
九州統治の御使人として派遣されている コモリの長男の カンタチ です。

               ┌─────────┐
               ├9.タケフツ    ├10.チシロ
               ├8.ヤサカヒコ   ├11.ミノシマ(ミゾクイ)
               ├7.ナラヒコ    ├12.オオタ
               ├6.コセツヒコ   ├13.イワクラ
               ├5.チハヤヒ    ├14.ウタミワケ
               ├4.ヨテヒコ    ├15.ミコモリ
               ├3.ヨシノミコモリ ├16.サギス
 スヱツミ─イクタマヨリ姫  ├2.ツミハ     ├17.クワウチ
        ├──────┴1.カンタチ    └18.オトマロ
 クシヒコ──コモリ


 ツクシより 
使人乞ふゆえ カンタチを モノヌシとして
 ハテツミと 共に三十二を 治めしむ 〈ホ27ー1〉


ソヲ (曽於)

船津 (ふなつ)
「船の発着場・港町」 を意味する普通名詞で、オキツ(息津)ともいいます。 ▶津
ここに言う “船津” は、現在の 鹿児島県姶良市船津 ではないかと思います。
なお古事記には 布怒豆怒(ふのづの)神 と記され、人の名に転じています。


■フトミミ
フトは フツ(打つ)の名詞形で、「合わせ・統べ・治め」 などが原義で、
ミミ(耳)は 「まわり・めぐり・周辺」 などを意味します。
ですから 「その周辺を治める長」 を意味する普通名詞で、“布帝耳” “太耳” などと記されます。

 この場合は 「ソヲの船津を治める長」 をいい、また女です。
 古事記に 布帝耳(ふてみみ)神 と記されます。


■ヤス (▽和・夜須)
ヤス(▽和)は 「中・中心・中央・都」 を意味しますが、この場合は 「九州統治の中心」 をいい、
後の 筑前国夜須郡、現在の 福岡県朝倉郡筑前町周辺 ではないかと考えます。

 大己貴神社・於保奈牟智神社 (おおなむちじんじゃ)
 福岡県朝倉郡筑前町弥永697-3。(筑前國夜須郡弥永村) 
 現在の祭神:大己貴命、天照皇大神、春日大神


■フキネ
カンタチとフトミミの長男です。記紀には 天冬衣神/天葺根命 と記されます。
コモリの長男のカンタチで、カンタチの長男がフキネですから、コモリと
カンタチが世を去れば、フキネがオオモノヌシの継承資格者になります。

 コモリ───カンタチ
         ├───────フキネ
     ソヲの船津のフトミミ


 牛尾神社 (うしおじんじゃ)
 佐賀県小城市小城町池上4793。 
 現在の祭神:天之葺根命


オオモノヌシ (▽皇モノ主・大物主)
この職は八重垣機を賜ったソサノヲの、直系の長男により世襲されます。 ▶八重垣機
古くは 八重垣大人(やゑがきうち) と呼ばれました。
フキネがオオモノヌシだということは、この時点でコモリもこの世にいないはずです。

 オホナムチ(1)─クシヒコ(2)─コモリ(3)─カンタチ(有資格者)─フキネ(4)

 日輪分身の 言宣も 「上に継ぐ」 とて コモリ尊 〈ホ23-8〉


■トヨツミヒコ
ソヲ国を治めるハテツミの代嗣子で、トヨタマ姫の兄です。
カンタチはハテツミと共に九州統治に当たっていましたが、
この時点では世代交代して、フキネとトヨツミヒコで九州を統括しています。

 カナサキ─??─ハテツミ┬トヨツミヒコ
            ├トヨタマ姫
            ├タケツミヒコ
            └オトタマ姫


■野業教えて民を埋む (のわざをしえてたみおうむ)
“野業” とは、ニニキネが始めた 「井堰・堤に水を運んで新田を造る事業」 をいうものと思います。
”民を埋む” とは、そうして開発した新田に 「民を埋め込む・植民する」 ということです。

 

【概意】
先に九州に派遣されたカンタチは、
ソヲの船津の長を、夜須の都に娶ってフキネを生む。
後に両親とも神となれば、オオモノヌシはフキネなり。
よってフキネとトヨツミヒコに 九州32県を治めさせれば、
新田を開発する方法を教え、その田に民を入植する。



―――――――――――――――――――――――――――――
 ひとりおさむる おおなむち みつからほめて
 あしのねさ もとよりあらひ いわねこも みなふしなひけ
 をさむるは やよほにたれか またあらん

―――――――――――――――――――――――――――――
 一人治むる オオナムチ 自ら褒めて
 「葦の根さ 本より粗び 岩根こも みな伏し靡け
 治むるは 弥穂に誰か またあらん」

―――――――――――――――――――――――――――――

■オオナムチ・オホナムチ
ソサノヲの第5子 (臣の身分に復帰してからの第1男子) で、斎名はクシキネです。
初代のオオモノヌシを務めますが、自らが領する出雲国の強大化に注力するあまり、
反逆の罪に問われて失脚します。しかしその後の忠義が認められて罪を許され、
本州最北端のヒスミ国の領主となされると、ふたたびオオナムチはその地の開拓に
尽力して発展させ、成功を収めます。

     イサナギ ┌ソサノヲ─オホナムチ(初代モノヌシ)
       ├──-┤       ├───クシヒコ(2代モノヌシ)
    ┌イサナミ └アマテル──タケコ    │
    │                   ├──ミホヒコ──カンタチ──フキネ
    │                   │ (3代モノヌシ)     (4代モノヌシ)
 トヨケ┴ヤソキネ──タカキネ───────ミホツ姫


■葦の根さ (あしのねさ)
末尾の “さ” は、「こっち来い・これ食え」 の “さ” と同じだと思います。
「区分・方向」 を表し、助詞の “へ・に・を“ に代用します。 ▶葦


粗ぶ・荒ぶ (あらぶ)

■岩根こ (いわねこ)
今風には 「岩の根っこ」 です。
コ(処)
は 「方・区分・区画」 を表し、“端っこ”  “あそこ”  “中子” などの “こ” と同じです。


■伏し靡く (ふしなびく)
フス(伏す)ナビク(靡く) の連結で、「伏し倒す・ペちゃんこにする」 などの意です。


■弥穂・▽八百穂 (やよほ)
ヤヲカ(弥日・八百日) の換言で、「いよいよ多くの年数・非常に長い歳月」 を意味します。
ホ(穂)は 「真榊が1年に伸ばす枝の長さ」 で、1穂=1年 です。 ▶やよ(弥)

 

【概意】
<子・孫・曾孫までが世を去っても> 一人治めるオオナムチ。自ら褒めて、
「雑草を根こそぎ枯らし、岩の根もみな平らげて治める者が、長き歴史の中で誰か他にあろうか。」



―――――――――――――――――――――――――――――
 うなはらひかり あらはれて
 われあれはこそ なんちその おおよそになす いたはりそ
 おおなむちとふ なんちたそ
 われはなんちの さきみたま くしゐわさたま

―――――――――――――――――――――――――――――
 海原 光 現れて
 「我あればこそ 汝その おおよそに成す 功ぞ」
 オオナムチ問ふ 「汝 誰ぞ」
 「我は汝の 先神霊 貴霊業霊」

―――――――――――――――――――――――――――――

労り・功 (いたはり・いたわり)
痛み入るさま・感じ入るさま・感心するさま」 などが原義で、
この場合は 「痛み入るほどの功労・感動的な功労」 を意味します。

 ★労る (いたわる・いたはる)
 イタワ(痛わ)+アル の短縮で 、イタワは イタフ(痛ぶ)の名詞形にてイタミ(痛み)の変態。
 アルは アフ(合ふ)、イル(入る)の変態です。
 ですから 「痛みが入る」 という原義ですが、2種の意味で使われます。
 (1) 痛み入る。感じ入る。感心する。慈しむ。愛おしむ。
 (2) 痛める。障る。損なう。苦労する。難儀する。

 
■先神霊 (さきみたま)・先霊 (さきたま)
サキ(先)は ここでは 「先んじるさま・上流・源流にあるさま」 を表し、
個々の人間に宿る霊(=魂魄)の 「上流にある神霊・親霊・大神霊」 をいいます。

 これは難しい概念ですが、先神霊の一部が肉体に宿って人生を経験し、
 人生を終えるとその分霊は また先神霊に吸収されると考えてください。
 人は気づかずにいますが、先神霊は常時その分霊とつながっています。


■貴霊業霊 (くしゐわざたま)
クシヰ(貴霊)は 「尊き神霊・高貴な神霊・優れた神霊」 という意です。
ワザタマ(業霊)は 「人が地上で行う業を指導する神霊」 をいい、
これも “先神霊” の一部分と考えていいと思います。

 じつはこのオオナムチの貴霊業霊は、オオナムチが生れる時に、
 クシタエ(貴妙)
の名で紹介されています。そのゆえに斎名がクシキネです。

  ついに貴妙 現れて 八重垣大人の 別歌ぞ 〈ホ9-5〉

 

【概意】
海原に光が現れて、
「我あればこそ、汝のそのおおよそに成す功労ぞ。」
オオナムチは問う、「汝は誰ぞ。」
「我は汝の先神霊にて 貴霊の業霊。」



―――――――――――――――――――――――――――――
 さてしりぬ まつるさきたま とこにすむ いやかみすます
 なんちおは あおかきやまに すませんと
 みやつくりして そこにおれ
 こなきかゆえに みたるるそ ことしろぬしか ゑとのこの
 くしみかたまお こいうけて つきとなすへし

―――――――――――――――――――――――――――――
 「さて知りぬ 纏る先霊 どこに住む」 「否 神住まず」
 「汝をば 青垣山に 住ません」 と
 宮造りして 「そこに居れ」 
 「子無きがゆえに 乱るるぞ コトシロヌシが 兄弟の子の
 クシミカタマを 乞い受けて 嗣となすべし」

―――――――――――――――――――――――――――――

■青垣山・▽阿汚垣山 (あおかきやま)
ミモロ山 の換言です。 ▶あおかき

 
■宮造り (みやづくり)
この “宮” はミモロ山の山頂にある 高宮神社 と考えられます。

 高宮神社 (こうのみやじんじゃ)
 奈良県桜井市三輪山の山頂。
 現在の祭神:日向御子神
 本来の祭神:大物主大神の幸魂奇魂
 ・明治18年大神神社から内務省へ、山上の高宮神社と 山下の神坐日向神社
  誤って入替っているから、「大物主大神の幸魂奇魂」 に訂正したいと上申するも、
  翌19年1月に保留を指令されて現在に至る。(つまり現在も訂正されてない)


■子無き (こなき)
「オオモノヌシのフキネに子が無いこと」 をいいます。 ▶オオモノヌシ ▶フキネ
それゆえフキネを最後にオオモノヌシが断絶してしまい、もしそうなれば
剣臣 すえ滅ぶれば モノベ割れ 治を奪わるる” ことになってしまいます。
オオナムチを初代オオモノヌシに仕立てた先神霊としては気がかりなのでしょう。


■コトシロヌシが兄弟の子 (ことしろぬしがゑとのこ)
ツミハ八重コトシロヌシの子の、クシミカタマクシナシの兄弟を指します。

 コモリ┬─────ツミハ(2男) ┌クシミカタマ(斎名ワニヒコ)
    │       ├───┤
    └ミゾクイ─タマクシ姫 └クシナシ(斎名ナカヒコ)
      (11男)

 “クシミカタマ” は クシミ(貴霊)+ガ(=の)+タマ(霊) で、
 クシヰワザタマ(貴霊業霊)
の換言です。
 これはワニヒコが貴霊業霊の顕現と考えられていたことを意味します。

  オオナムチ 殊成す時に ミモロ神 “我あればこそ おおよその
  殊成さしむる 先神霊 また
業霊は ワニヒコぞ” 故オオナムチ 嗣となす 〈ホ31〉

 また “クシナシ” も クシ(貴)+ナシ(生し・成し) で、やはり貴霊業霊の顕現を
 意味する名に思えます。斎名が記されているのは そのためかもしれません。

 

【概意】
オオナムチ:「それでわかった。先霊を纏るがどこに住む?」
  先神霊:「いいや、神は世に住まず。」
オオナムチ:「汝をば 青垣山に住まわせよう」 と宮造りして、「そこに居れ」 と。
  先神霊:「フキネは子無きがゆえに、ゆくゆく世は乱れるぞ。
      コトシロヌシの兄弟の子のクシミカタマを乞い受けて、
      オオモノヌシの嗣となすべし。」



―――――――――――――――――――――――――――――
 みをしゑに みもろのそはに とのなして こえはたまはる
 もふけのこ くしみかたまと わかつまの さしくにわかめ
 もろともに すませてぬしは つくしたす
 ひたるのときに これおつく

―――――――――――――――――――――――――――――
 神教えに ミモロの傍に 殿 成して 乞えば賜はる
 儲けの子 クシミカタマと 我が妻の サシクニ別姫
 諸共に 住ませてヌシは ツクシ治す
 ひたるの時に これを継ぐ

―――――――――――――――――――――――――――――

■神教え・御教え (みをしゑ)
ミ(御・▽上・▽神)+ヲシヱ(教ゑ) で、この場合は 「先神霊の教え」 です。


■ミモロの傍に殿 (みもろのそばにとの)
「ミモロ山の傍の殿」 で、これがすなわち 青垣殿 です。
この跡が 神坐日向神社 と考えます。

 ワニヒコは クシミカタマぞ 次の子は 斎名ナカヒコ クシナシぞ
 “青垣殿” に 住ましむる 〈ホ27ー6〉

 神坐日向神社 (みわにいますひむかいじんじゃ)
 奈良県桜井市三輪御子ノ宮109。  
 現在の祭神:大物主大神の幸魂奇魂
 本来の祭神:日向御子神 (=櫛御方命)
 ・神名帳考證 「櫛日方命、いま三輪若宮という。」


儲け (もふけ)

■サシクニ別姫 (さしくにわかめ:▽指地別姫)
フキネの妻の名で、「“サシの地” の県主の姫」 という語義です。
“サシクニ” がどこかは不明です。古事記は 刺国若比売 と記します。
 
 ★ワカ・ワケ (別・分)
 ワク(分く・別く) の名詞形で、クニ(国)・アガタ(県)カタ(方・県) の換言です。

 赤猪岩神社 (あかいいわじんじゃ)
 鳥取県西伯郡南部町寺内232。 
 現在の祭神:大国主命、刺国若比売命、素戔嗚尊、稲田姫命


■ヌシ (主)
これは オオモノヌシ の略で、フキネ を指します。


ひたるの時 (ひたるのとき)

■これを継ぐ (これおつぐ)
クシミカタマが 「ヌシ(=オオモノヌシ)を継ぐ」 という意です。

          ┌ミシマ─タマクシ姫┐┌クシミカタマ┐
         │         ├┤      │
         ├ツミハ──────┘└クシナシ  │
   コモリ───┴カンタチ┐            │(養子)
(3代オオモノヌシ)      ├─フキネ(4代)      ↓
          フトミミ┘   ├──────クシミカタマ
                  │        (5代)
                サシクニ別姫

 

【概意】
先神霊の教えに従い、ミモロ山の傍に殿を造り、乞えば賜る儲けの子。
クシミカタマと自分の妻のサシクニ別姫を、その殿にいっしょに住まわせて、
オオモノヌシのフキネは九州を治す。
そしてフキネの臨終の時に、クシミカタマはオオモノヌシを継ぐ。


 ようするに、オオモノヌシを継ぐ資格を持つ子 (オオモノヌシの長男) を創出するため、
 オオナムチが仲介して、クシミカタマをフキネの養子とする縁組を取りまとめ、
 そしてオオナムチが自分の先霊・業霊を纏ったミモロ山の、麓の地に殿を造り、
 そこに業霊の顕現であるクシミカタマを住まわせたということでしょう。
 (先霊がオオナムチに現れた理由は、これを告げて実行させるためだったようです。)



―――――――――――――――――――――――――――――
 ははこいたれは のこしこと
 このむらくもは あれませる みこのいわひに ささけよと
 いいていもをせ かみとなる

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 母子到れば 遺し言
 「このムラクモは 生れませる 御子の祝ひに 捧げよ」 と
 言いて妹背 神となる

―――――――――――――――――――――――――――――

■母子 (ははこ)
サシクニ別姫とクシミカタマです。


■ムラクモ (群雲)
ソサノヲがヤマタノオロチを斬った “ハハムラクモ” の剣です。
ソサノヲより歴代のオオモノヌシに受け継がれてきたようですが、
タケヒト御子の誕生の祝いとして ここで皇室に献上されます。

 眠る蛇を 寸に斬る 蝕霊が汚離きに 剣あり “ハハムラクモ” の 名にしあふ 〈ホ9ー2〉


■御子 (みこ)
カンヤマトイハワレヒコ (斎名タケヒト) を指します。


妹背 (いもをせ)
「フキネ&サシクニ別姫の夫婦」 をいいます。

 

【概意】
母子が九州に到れば、フキネの遺し言。
「このムラクモは タケヒト御子の御誕生の祝いとして捧げよ」
と言いて、夫婦もろとも神となる。



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 やすにおさめて まつるのち つくしをしかの みことのり
 のちにくしなし かみとなる ははにこわれて をしかすつ
 かれにつくしの みゆきこふ

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 ヤスに納めて 纏る後 「ツクシ御使」 の 御言宣
 後にクシナシ 神となる 母に乞われて 御使棄つ
 故にツクシの 御幸乞ふ

―――――――――――――――――――――――――――――

ヤス (▽和・夜須)

納む (おさむ)

■纏る (まつる)
「喪纏りを行う」 という意です。 ▶喪纏り


ツクシ御使 (つくしをしか)
「九州を統治するため中央から派遣する大使」 です。
カンタチ、フキネに続き、クシミカタマも “ツクシ御使” に任命されます。

・ツクシより 使人乞ふゆえ カンタチを モノヌシとして
 ハテツミと 共に三十二を 治めしむ 〈ホ27ー1〉
・オオモノヌシは 
フキネなり トヨツミヒコと 治めしむ 〈ホ27ー7〉


■母 (はは)
クシミカタマとクシナシの実母の タマクシ姫 を指します。

 クシナシの死に伴って、その母がツクシ御使を辞めることを
 クシミカタマに乞うたのはなぜでしょうか?
 おそらく先神霊と業神霊から母に 「クシミカタマを呼び戻せ」 との
 霊的な指示があったものと推測します。

 

【概意】
夜須に葬って纏る後、クシミカタマは “ツクシ御使” の御言宣を受ける。
しかし後に弟クシナシが世を去ると、母タマクシに乞われて御使を辞任。
それゆえクシミカタマは、天君みずからのツクシ御幸を乞う。



―――――――――――――――――――――――――――――
 ときにゐつせに みことのり たかのをきみと
 おしくもと くしみかたまと まてにあり 
 たねこはみこの おおんもり みこたけひとは としゐつつ
 またいわくらは みやうちの つほねあつかり

―――――――――――――――――――――――――――――
 時にヰツセに 御言宣 “タガの皇君” と
 オシクモと クシミカタマと 左右にあり
 タネコは御子の “大御守” 御子タケヒトは 歳五つ
 またイワクラは 宮内の “局預り”

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■ヰツセ (五瀬)
78万歳の御祖天君(=ウガヤフキアワセズ 斎名:カモヒト)に生まれた最初の子です。
代嗣社代嗣文 の霊験により ヤセ姫 が生んだ男子です。
斎名の記載はありません。記紀には 五瀬命 と記されます。

                    ヤセ姫
 ニニキネ───ヒコホオデミ──┐    ├──────1.ヰツセ
                ├─ウガヤフキアワセズ
 ハテスミ─┬トヨツミヒコ   │    ├──────3.イナイイ
      ├────トヨタマ姫┘    ├──────4.カンヤマトイハワレヒコ
      ├────タケスミ─┐    │     
      └オトタマ姫    ├──タマヨリ姫
                │    ├ー─────2.ミケイリ(出雲の御子)
 クシヒコ─コモリ─イソヨリ姫─┘  ワケイカツチ神
                    (白羽の矢)


■タガの皇君 (たがのをきみ)
御祖天君が九州に巡幸する間の代理として、タガの宮の主に任じたヰツセに授けた称号です。

 ★タガの宮 (たがのみや:▽治曲の宮)
 時の国家首都です。カモヒトは二尊の最後の宮を再建し、ミヅホの宮からここに移ります。

  タガは二尊 果つの宮 今 破るれば 造り替え ミヅホの宮を 移し居て 〈ホ27-4〉

 ★皇君 (をきみ)
 ヲ(央・皇)キミ(君) で、「八方をほどよく調えて恵む中心」 を意味します。


オシクモ
この時点ではコヤネの後を受けて、ウガヤ政府の 左の臣(=鏡臣) になっていると考えられます。

         ┌フツヌシ
        ??┤
         └アサカ姫┐
              ├──アマノコヤネ
 ツハヤムスビ─??─ヰチチ─┘     ├──オシクモ──タネコ
                    ├──ヒタカヒコ
 トヨケ─??─ヲバシリ─タケミカツチ─ヒメ  (ヒタチ)

 
クシミカタマ (斎名ワニヒコ)
この時点におけるオオモノヌシで、ウガヤ政府の 右の臣(=剣臣) です。

          ┌ミシマ─タマクシ姫┐┌クシミカタマ┐
         │         ├┤      │
         ├───ツミハ───┘└クシナシ  │
   コモリ───┴カンタチ┐            │(養子)
(3代オオモノヌシ)      ├─フキネ(4代)      ↓
          フトミミ┘   ├──────クシミカタマ
                  │        (5代)
                サシクニ別姫


タネコ

■大御守 (おおんもり)
「守り」 の尊敬語で、「幼少の皇太子タケヒトの守り役」 をいいます。 ▶大御


イワクラ
コモリの13男です。


■局預り (つぼねあづかり)
皇宮内に侍る 「女官たちを管理する役職」 です。 =宮内の治

 

【概意】
時に天君はヰツセに御言宣して “タガの皇君” となし、
オシクモとクシミカタマとが左右に侍って政を執る。
タネコは皇太子の “大御守” とす。皇太子タケヒトは歳5つ。
またイワクラには皇宮内の “局預り” を命じて、



―――――――――――――――――――――――――――――
 あまきみは つくしにみゆき
 むろつより おかめにめして うとのはま かこしまみやに
 みそふかみ みかりおこえは

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 天君は ツクシに御幸
 室津より オカメに召して ウトの浜 カゴシマ宮に
 三十二守 巡幸りを乞えば

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室津 (むろつ)

■オカメ・オオカメ (▽覆亀・▽覆瓶)
カメ・カメ船 の別称です。比較的大型の櫂漕ぎ船と考えていますが、不詳です。
オオ(▽覆)+カメ(瓶・亀) で、オオは オフ(覆ふ)の名詞形、カメは 「入れ物・器」 です。
ですから 「覆い・包み」+「入れ物・器」 の同義語の連結です。オカメは オオカメの短縮と思います。

 ★瓶・甕 (かめ) ★亀 (かめ)
 カム(咬む)の名詞形で、「合わせ・入れ・収め」 などを原義とし、カラ(殻)の変態です。
 カメ(瓶・甕)は 「入れ物・器・殻」、カメ(亀)は 「殻の中に入るもの」 で、両者は同源です。


■ウトの浜 (うとのはま)
つくしうましのウトつくしうましの を合せて、“ウトの浜” としたのでしょう。
ウツキネを乗せたカモ船が着いた、「カゴシマ宮にほど近い浜辺」 をいうものと思います。


■カゴシマ宮 (かごしまみや:鹿児島宮)
ソヲの国の都」 で、この時点ではハテツミに代りトヨツミヒコが主となっています。

 鹿児島神宮 (かごしまじんぐう)
 鹿児島県霧島市隼人町内2496。
 現在の祭神:天津日高彦穗穗出見尊、豊玉比賣命


三十二守 (みそふかみ)

巡幸り (みかり)

 

【概意】
天君は九州に御幸。室津よりオカメに召してウトの浜。
カゴシマ宮に入ります。32県の守が巡幸りを願えば、



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 めくりみて すたるおなおし たえおたし みなをさまるも
 いかつちの かみのいさおし のこりあり
 ととせにたみも にきはひて よろとしうたふ

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 恵り回て 廃るを直し 絶えを治し みな治まるも
 イカツチの 尊の功 遺りあり
 十年に民も 賑わいて 万歳謳ふ

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■恵り回る (めぐりみる)
メグル(巡る・恵る)ミル(回る) の同義語連結で、
この場合は 「めぐらせて回る・恵んで回る・巡幸する」 の意になります。
ですから ミメグル(巡恵る)メグリカル(恵り駆る) などの換言です。


■廃るを直す (すたるおなおす) ■絶えを治す (たえおたす)
スタル(廃る)シタル(垂る)の変態、タエ(絶え)は タユ(絶ゆ)の名詞形です。
“廃るを直す” は 「しだれた状態を直す」、“絶えを治す” は 「尽きた状況を治す」 という意で、
つまり 「修繕/修復したり回復/再建したりする」 ということです。

 何を修復・再建したのかについては、“イカツチの尊の功の遺りあり” とありますので、
 かつてニニキネが自ら九州に出向いて建造した 井堰や堤の修復・再建 をいうのでしょう。
 国が治まらない原因は多くの場合、食糧不足による人民の反乱です。

 時にツクシの 治まらで … 
 「ツクシは糧の 足らざるか てれば行き回て 田を増さん」 …
 ツクシあまねく 恵り駆り 井堰・堤に 新田生す 法 定むれば 〈ホ25ー2〉


■イカツチの尊 (いかつちのかみ)
ワケイカツチの尊 の略で、つまり 「ニニキネ」 を指します。


万歳 (よろとし)

 

【概意】
恵みて回り、廃るを直し また絶えを治し、すべて治まるも、
ワケイカツチの尊の功績が残存していたればこそであった。
10年に民も賑わいて万歳を謳う。

 

本日は以上です。それではまた!

 

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