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一から学ぶ ほつまつたえ講座 第159回 [2024.6.11]

第二九巻 タケヒト ヤマト打ちの文 (1)

著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com

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 神武天皇−1

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 たけひとやまとうちのあや (その1)
 タケヒト ヤマト打ちの文 https://gejirin.com/hotuma29.html
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 たけひとやまとうちのあや
 かんやまと いはわれひこの すへらきは
 みをやあまきみ よつのみこ はははたまより
 あにみやの ゐつせはたかの をきみなり

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 タケヒト ヤマト打ちの文
 カンヤマト イハワレヒコの 皇は
 御祖天君 四つの御子 母はタマヨリ
 兄宮の ヰツセはタガの 皇君なり

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タケヒト
カンヤマトイハワレヒコの斎名です。 ▶斎名

 九州に巡幸中だった父君の臨終に、タネコと共に九州へ向いますが、まるで
 そのタイミングを待っていたかのようにナガスネヒコが動きだして帰国できなくなり、
 九州に足止めとなっています。 ▶タネコ ▶ナガスネヒコ


■ヤマト打ち (やまとうち)
「ヤマト国の平定」 という意です。 ▶ヤマト ▶打つ
この場合のヤマトは、ナガスネの策謀により、
多くの国や県が カグヤマ宮側 に寝返ってしまった 中国 をいいます。


カンヤマトイハワレヒコ
“カンヤマトイハワレヒコ” は即位後の尊称です。
この時点ではまだ 三種宝 を受けておらず 公式には即位していないため、
日向代殿(ひうがかんどの)の称号が用いられています。


皇 (すべらぎ・すめらぎ)

御祖天君 (みをやあまきみ)

タマヨリ

ヰツセ (五瀬)

タガの皇君 (たがのをきみ)

 

【概意】
タケヒト ヤマト打ちの文
カンヤマトイハワレヒコの皇は、御祖天君の四番目の御子。
母はタマヨリ姫。兄宮のヰツセはタガの皇君なり。


                    ヤセ姫
 ニニキネ───ヒコホオデミ──┐    ├──────1.ヰツセ(タガの皇君)
                ├─ウガヤフキアワセズ(御祖天君)
 ハテスミ─┬トヨツミヒコ   │    ├──────3.イナイイ
      ├────トヨタマ姫┘    ├──────4.カンヤマトイハワレヒコ(斎名タケヒト)
      ├────タケスミ─┐    │     
      └オトタマ姫    ├──タマヨリ姫
                │    ├ー─────2.ミケイリ(出雲の御子)
 クシヒコ─コモリ─イソヨリ姫─┘  ワケイカツチ神
                    (白羽の矢)



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 みをやあまきみ つくしたす そとせをさめて ひたるとき
 あまきみのにお たけひとに さつけあひらの かみとなる
 きみみやさきに たねこらと まつりとるゆえ しつかなり

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 御祖天君 ツクシ治す 十年治めて ひたる時
 和君の璽を タケヒトに 授けアヒラの 神となる
 君 ミヤサキに タネコらと 政 執るゆえ 静かなり

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ひたる

■和君の璽 (あまきみのに)
アマキミにも色々な種類があるのですが、この場合は アマツキミ(和つ君) の換言です。
ニ(▽璽) は 「似・二」 が原義で、「合わせ・照合・しるし・証明・押手」 などを意味します。 ▶璽(じ)
ですから 「和つ君のしるし・国家君主であることの証明」 で、具体的には 「白矢の璽」 をいいます。

 タケヒトは 歳十五なれば 我が代り タネコが助け 治むべし
 
白矢の璽 タケヒトに 国を領らする 百の文 タネコに譲る 〈ホ27ー8〉


■アヒラの神 (あひらのかみ)
ウガヤフキアワセズ(=御祖天君:斎名カモヒト)の 贈り名の1つで、
「ミヤサキの神」 の意と思います。

 ★アヒラ (▽吾翻・▽天翻)
 御祖天君の最後の言葉 “アカンタヒラ(▽吾神回翻)” の略で、
 これは本来は、「我が神霊(みたま)の帰還」 の意だったと思われます。

  ミヤサキ山の 洞に入り 「アカンタヒラ」 と あがります 〈ホ27ー8〉

 それをアカンタヒラ(天神回翻:君の霊の帰還) の意に代えて、「御祖天君が神に還った地」、
 すなわち “ミヤサキ” を意味する言葉となったものと推測しています。 ▶ミヤサキ

  九州南部には 吾平(あひら・あいら)、姶良(あいら)、油津(あぶらつ)、
  荒平(あらひら) など、“アヒラ” を表すと思しき地名が数多く残ります。


■君 (きみ)
これは御祖天君より和君の璽を授かった 「タケヒト」 を指します。


ミヤサキ (▽回先・宮崎)

タネコ
御祖天君が九州へ巡幸する時に、皇太子タケヒトの 大御守 に任じられ、
その後 天君の臨終時に タケヒトの供としてミヤサキに同行した際、
“タネコがタケヒトを助けて国家を治めよ” との命を受けています。

 タケヒトは 歳十五なれば 我が代り タネコが助け 治むべし 〈ホ27ー8〉

 

【概意】
御祖天君は九州を治す。10年治めて天に還る時、
和君の璽をタケヒトに授け “アヒラの神” となる。
タケヒト君は タネコらとミヤサキに政を執るゆえ、九州は平静であった。



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 かくやまのとみ なかすねか ままにふるえは さはかしく
 はらのをきみは かてととむ かれになかすね ふねととむ
 おおものぬしか うたんとす

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 カグヤマの臣 ナガスネが 儘に振るえば 騒がしく
 ハラの皇君は 糧止む 故にナガスネ 船止む
 オオモノヌシが 討たんとす

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カグヤマの臣ナガスネ (かぐやまのとみながすね)

■儘に振るふ (ままにふるふ)
「自分の思い通りに活動する・わがままに振舞う」 という意です。 ▶儘(まま)
フルフ(振ふ・奮ふ)は 現代語の 「震える/震わす」 と同じですが、
静止せず 「生き生きと動く・勢いづく・活動する」 ことを意味します。


ハラの皇君 (はらのをきみ)
ハラミの御子” と同じです。


■糧止む (かてとどむ)
“糧船を上さぬ” ということです。


■船止む (ふねとどむ)
ハラ皇君の食糧援助中止の制裁措置に対抗して、ナガスネは 山崎の関 を封鎖し、
淀川を利用した物や人の流通をブロックします。
こうなるとタガの宮は なかば孤立無援の状態となり、国家首都としての機能を失うため、
タガの皇君(=ヰツセ) も九州に避難することとなります。

 ナガスネヒコは 山崎に 川船拒む
 モノヌシが 討たんとすれば ヰツセ御子  恐れタガより 行くツクシ 〈ホ30〉


■オオモノヌシ
時のオオモノヌシである クシミカタマ(斎名ワニヒコ) です。 ▶オオモノヌシ

 

【概意】
<一方 都の周辺は>
カグヤマ宮の臣のナガスネが、自分の思い通りに活動すれば騒がしく、
ハラの皇君は糧の支援を止める。するとナガスネは淀川の船を止める。
そのためオオモノヌシがナガスネを打たんとすれば、



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 たかのをきみは おとろきて つくしにくたり ともにたす
 ものぬしひとり たみをさむ
 ときにたけひと あひらひめ めとりうむみこ たきしみみ

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 タガの皇君は 驚きて ツクシに下り 共に治す
 モノヌシ一人 民 治む
 時にタケヒト アヒラ姫 娶り生む御子 タギシミミ

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タガの皇君 (たがのをきみ)

■モノヌシ
オオモノヌシのクシミカタマは、タガの皇君(=ヰツセ)が九州に避難したため、
“タガ殿” に就任して国政を執ります。 ▶タガ殿


■アヒラ姫・アヒラツ姫 (あひらひめ・あひらつひめ)
タケヒトが九州で娶った最初の妻で、タキシミミを生みます。
ミヤサキの姫」 という意でしょう。 ▶アヒラ
記紀には 阿比良比売/吾平津媛 と記されます。

 吾平津神社 (あひらつじんじゃ)
 宮崎県日南市材木町9-10。 
 現在の祭神:吾平津比売命


■タギシミミ・タギシ御子 (たぎしみこ)
アヒラ姫が生んだ子で、タケヒトの長男です。 ▶ミミ
記紀に 多芸志美美命/手研耳命 と記されます。

 

【概意】
タガの皇君のヰツセは驚いて、九州に下ってタケヒトらと共に現地を治す。
モノヌシは <タガ皇君の代殿となり> 都に一人残って本州の民を治める。
時にタケヒトはアヒラ姫を娶り、生む御子はタギシミミ。



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 きみとしよそゐ ものかたり むかしのみをや たかむすひ
 ひたかみうみて もますよほ すきてあまひの ををんかみ
 あめなるみちに たみおたす

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 君 歳四十五 物語り 「昔の御祖 タカムスビ
 ヒタカミ生みて 一千万余穂 過ぎて太陽の 大御神
 陽陰和る道に 民を治す」

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御祖 (みをや)

■タカムスビ (高結び)
タカミムスビ(高み結び)と同じです。
この場合は初代のタカミムスビである 東のトコタチ をいいます。


ヒタカミ (日高み)

■一千万余穂 (もますよほ)
モ(百)マス(十万)ヨ(弥・余)ホ(穂)で、「1千万有余年・1千万年余り」 の意です。


■太陽の大御神 (あまひのををんかみ)
「太陽(=日)の神霊の降臨である大御神」 という意で、アマテルを指します。 ▶太陽 ▶大御神


陽陰和る道 (あめなるみち)

 

【概意】
タケヒト君45歳は物語り。〈都を離れてすでに30年が経過しています〉
「昔の御祖タカムスビがヒタカミを生み、1千万年余りが過ぎた後、
太陽の大御神が世に下り、陽陰和る道に民を治す。」



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 みこのおしひと ゆつりうく みまこきよひと またうけて
 わけいかつちの あまきみと あめのいわくら おしひらき
 いつのちわきに をさまりて みをやにつかふ みちあきて

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 「御子のオシヒト 譲り受く 御孫キヨヒト また受けて
 ワケイカツチの 天君と あめの磐座 押し開き
 逸のチワキに 治まりて 御祖に継がふ 道 開きて」

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オシヒト ■キヨヒト

 ヤソキネ─タカキネ─タクハタチチ姫┐
                  ├クシタマホノアカリ(斎名テルヒコ)
 サクラウチ─セオリツ姫┐     │
            │     ├ニニキネ(斎名キヨヒト)
            ├オシホミミ┘
 イサナギ┐      │
     ├─アマテル─┘
 イサナミ┘


ワケイカツチの天君 (わけいかつちのあまきみ)

■あめの磐座 (あめのいわくら)
長の磐座(たけのいわくら) の換言です。アメは アム(▽上む)の名詞形で、
「上にあるさま・大いなるさま・勝るさま・極まるさま」 を意味しします。

 サルタして 長の磐座 押し放ち 逸のチワキの 万いさき 〈ホ24ー3〉


逸のチワキ (いつのちわき)

■御祖に継がふ道 (みをやにつがふみち)
「親や祖先が着手した事業を 子孫が引き継いで発展させる道」 をいい、
これはニニキネが着手した九州の開発事業を、子のヒコホオデミ(斎名ウツキネ)
引き継いで発展させたことを以て、その道の開始と見るようです。
そのためウツキネは、“御祖に継がふ天君” の称号をアマテルより賜っています。

 

【概意】
「御子のオシヒトはその譲りを受ける。
御孫キヨヒトはまた受けて、“ワケイカツチの天君” と名を賜り、
巨大な磐座を押し開けば、逸のチワキに治まりて、御祖に継がう道も開きて」



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 ひかりかさぬる としのかす ももなそこよろ ふちよもも
 なそほへるまて おちこちも うるはふくにの きみありて
 あれもみたれす あめのみち

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 「光 重ぬる 年の数 百七十九万 二千四百
 七十年経るまで 遠近も 潤ふ国の 君ありて
 あれも乱れず 和の道」

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■光 (ひかり)
アカリ(明かり・上がり)、イカリ(怒り)などの変態で、
「勢いづくさま/勢いづけるもの・栄えるさま/栄えさせるもの」 などが原義です。
この場合は 「栄光」 と訳していいと思います。


■百七十九万二千四百七十年 (ももなそこよろふちよももなそほ)
この年数は逆算してみると、アマテルが生れた 21鈴125枝31穂 から、
最後の真榊(五十鈴)が枯れるはずだった年の 50鈴999枝60穂 までの
期間を言ってるようです。


■遠近も潤ふ国の君 (おちこちもうるはふくにのきみ)
「あちこちくまなく潤す国家の中心・八方をあまねく恵む国君」 という意です。 ▶国君

 オチコチ(遠近)は “あちこち”  “あっちこっち” の変態です。
 ウルハフ(潤ふ)は この場合は他動詞で、ウルホス(潤す)と同義です。


■あれも乱れず (あれもみだれず)
「およそ乱れず・ほとんど乱れず」 などの意です。
アレは アル(粗る)の名詞形で、「あらかた・およそ・だいたい」 などの意を表します。


和の道・陽陰の道 (あめのみち)

 

【概意】
「その栄光を重ねる年の数、179万2470年を経るまで、
八方をあまねく恵む国の君があって、およそ乱れることのなかった和の道。」



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 よにはやるうた
 のりくたせ ほつまちひろむ あまもいわふね

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 世に流行る歌
 『のりくだせ ほつまぢひろむ あまもいわふね』

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■“のりくだせ ほつまぢひろむ あまもいわふね”
この ツヅ歌(十九歌) は2つの意味が重なっています。

(1) 乗り下せ ホツマ方広む 天下イワ船   ▶ホツマ方 ▶天下 ▶イワ船
  ホツマ方(=東方)を平らげるため 天が下に御幸の船を乗り下せ。

  ★広む (ひろむ)
  ヒラム(平む)の変態で、ここでは 「平らげる・平定する」 の意です。

(2) 宣下せ ほつま道広む 陽陰も祝ふね   ▶ほつま ▶陽陰(あま)
  ほつま道(=和の道)を広める御言宣を下せ。陽陰も祝福するね。
 
  
★ほつま道・ほつまの道 (ほつまぢ・ほつまのみち)
  「和合・調和の道」 の意で、和の道(やまとのみち)陽陰の道 などの換言です。

 

【概意】
 世に流行る歌。
『のりくだせ ほつまぢひろむ あまもいわふね』



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 しほつちの をきなすすめて
 にきはやか いかんそゆきて むけさらん
 もろみこもけに いやちこと
 さきにをしての こたえつら きみすみやかに みゆきなせ

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 シホツチの 翁すすめて
 「ニギハヤか 如何んぞ行きて 平けざらん」
 諸御子も 「げに いやちこ」 と
 「さきにヲシテの 答えつら 君すみやかに 御幸なせ」

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シホツツ・シホツチ・シホツツヲ
またしてもこの翁が現れました。かつてイササワケの浜で、兄の鉤を取られて憂えるウツキネに、
“君な憂ひそ計らん” と、解決の道に導いた人物です。この翁との出会いがきっかけとなって、
ウツキネは鉤を取り返し、兄スセリを従え、九州の農地開発を進展させ、トヨタマ姫を娶り、
ついには和つ君にまで上りつめるのです。

 古代の歴史上、革命的な事件の背後では、いつもこの人が糸を引いているという印象があります。
 それでいながら その出自・役職・ファミリーなどについては、まったく触れられていない
 謎の裏ボスです。


■諸御子 (もろみこ)
タケヒトの兄弟、すなわち ヰツセミケイリイナイイ をいいます。

                    ヤセ姫
 ニニキネ───ヒコホオデミ──┐    ├──────1.ヰツセ(タガの皇君)
                ├─ウガヤフキアワセズ(御祖天君)
 ハテスミ─┬トヨツミヒコ   │    ├──────3.イナイイ
      ├────トヨタマ姫┘    ├──────4.カンヤマトイハワレヒコ(斎名タケヒト)
      ├────タケスミ─┐    │     
      └オトタマ姫    ├──タマヨリ姫
                │    ├ー─────2.ミケイリ(出雲の御子)
 クシヒコ─コモリ─イソヨリ姫─┘  ワケイカツチ神
                    (白羽の矢)


げに (▽如に・▽然に・実に)

いやちこ (灼然・▽弥近)
「いよいよ近いさま・その通りであるさま」 をいいます。
反対語は イヤトオ(弥遠) です。

 いやとおに弥遠に】‥トホ‥ 〈広辞苑〉
 いよいよ遠く。


ヲシテ (押手・▽璽)
御祖天君の臨終の時にタケヒトに授けた 白矢の璽 をいいます。
これは 「皇の携帯用の身分証明」 で、和君の璽 と同一です。
ハハヤノカンヲシテ(ハハ矢の尊璽)、ハハヤテ(ハハ矢璽) などとも呼ばれます。

 タケヒトは 歳十五なれば 我が代り タネコが助け 治むべし
 
白矢の璽 タケヒトに 国を領らする 百の文 タネコに譲る 〈ホ27ー8〉


■答えつら (こたえつら)
ツラは 助動詞ツ の連体形 “ツル” の名詞形で、「断定するさま」 を表します。
「答えてら・答えているではないか」 などの意です。

 

【概意】
シホツチの翁もすすめて、
「ニギハヤか。どうして行って平定しないのか?」
諸御子も 「まさしくその通り」 と。
「先に授かる和君の璽が答えである。君 すみやかに御幸なせ。」

 

 

本日は以上です。それではまた!

 

 

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