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一から学ぶ ほつまつたえ講座 第150回 [2024.4.19]

第二七巻 御祖神 船霊の文 (8)

著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com

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 みをやかみふなたまのあや (その8)
 御祖神 船霊の文 https://gejirin.com/hotuma27.html
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 みやさきの きみのみこころ やすまれは よはひもおひて
 はやきしの たかにつくれは おとろきて
 みこたけひとと もりたねこ たかよりいてて にしのみや
 おおわにのりて うとのはま みやさきみやに いたります

―――――――――――――――――――――――――――――
 ミヤサキの 君の実心 安まれば 齢も老ひて
 早雉の タガに告ぐれば 驚きて
 御子タケヒトと 守タネコ タガより出でて 西宮
 オオワニ乗りて ウトの浜 ミヤサキ宮に 到ります

―――――――――――――――――――――――――――――

■ミヤサキ (▽回先)
「御幸先・巡幸先」 という意です。 ▶御幸(みゆき)
ミヤ+サキ(▽割・▽境) で、ミヤは ミユの名詞形、ミユは ミル(回る・廻る)の変態です。
ですから “ミヤ” は 「回り・巡り」 が原義、また “サキ” は 「方・区分・区画」 を意味します。

 この時の御祖天君の御幸先が、後に “宮崎” という地名となりますが、
 今の宮崎とは異なり、ソヲ(曽於)の別名で、「宮崎県南部+鹿児島県」 の
 広範な地域を指します。この時代においては 曽於=宮崎=日向 です。


早雉 (はやきじ)

西宮 (にしのみや)

オオワニ
ホワニ(帆ワニ) の換言です。


ウトの浜 (うとのはま)

■ミヤサキ宮 (みやさきみや)
天君の 「ミヤサキ (御幸先) の宮」 の意で、 カゴシマ宮 の換言です。

 天君は ツクシに御幸 室津より オカメに召して ウトの浜 カゴシマ宮に 〈ホ27ー7〉

 

【概意】
御幸先の君の実心が安まれば、<にわかに> 老いも進み、
早雉がタガ宮に告げれば、驚いて、御子タケヒトと大御守タネコは
タガを出発して西宮、オオワニに乗り換えてウトの浜、
御幸先の宮(=カゴシマ宮)に到ります。

 

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 みをやあまきみ みことのり たけひとたねこ しかときけ
 われつらつらと おもみれは ひとくさのみけ しけるゆえ
 うまれさかしく なからえも ちよはももよと なりかれて
 わかやそよろも ももとせも よのたのしみは あいおなし

―――――――――――――――――――――――――――――
 御祖天君 御言宣 「タケヒト・タネコ しかと聞け
 我つらつらと 思みれば 人草の食 繁るゆえ
 生れ賢しく 永らえも 千齢は百齢と 萎り枯れて
 我が八十万も 百年も 世の楽しみは 合い同じ」

―――――――――――――――――――――――――――――

つらつら (▽連々)

■思みる (おもみる)
オム(▽負む・▽思む)+ミル(見る) の連結で、両語とも 「合わす」 が原義です。
オモイミル(思ひ見る惟みる)オモンミル(惟みる) と同じです。


■人草の食繁る (ひとくさのみけしげる)
「人民の食が増える」 という意です。 ▶人草 ▶食(みけ)
ホツマは 人は食べれば食べるほど寿命が縮むと、たびたび戒めています。

・食 重なれば 齢なし 〈ホ1ー2〉
・食にもよれども 昔あり 万鈴も減り 百年より また万に増す
 これ(=心のありさま) 鈴を 結ぶ上(=源)なり 〈ホ23ー1〉
・「今の人草の 日々食べ増すを 謹め」 と 子の永らえを 思すゆえ 〈ミ4-3〉


賢し (さかし)
サカ(栄・)+シ(▽如・▽然) で、「上にある如し・栄える如し・優れる如し」 などが原義です。

 「明敏・聡明なさま」 を表す形容詞ですが、ホツマにおいては好ましくない性格とされ、
 「抜け目なく目先の利益を追うさま・小賢しさ・狡猾さ」 などを意味します。
 アマテルは 荒猛(あらたけ)早利き(はやきき)疾し激し(としはげし) などと表しています。


■萎り枯る (なりかる)
ナル(▽萎る)+カル(枯る) の同義語連結で、ナルは ナユ(萎ゆ)の変態です。
ですから 「萎えて枯れる・衰えて減退する」 という意です。


■世の楽しみは合い同じ (よのたのしみはあいおなじ)
この世での楽しみは 「ひとしく同じ・たがわず同じ」 という意です。

 それは 「身を全くして永らえて、また人に生まれること」 だといいます。
 まず肉体を健やかにし、それをミヤビが伝えて中子を健やかにし、
 健やかに天寿を全うして、心身を健やかに保ったまま世を去れば、
 また人に転生して人生の経験を楽しめる、ということのようです。

 ・トシタ陽陰宮 還の道 身を全くして 永らえり 〈ミ4-2〉
 ・永らひ世々に 楽しみて 尽くれば還す
  身は黄泉 心は陽陰に 
還え・生れ 幾度世々に 楽しめば 〈ミ4-2〉
 ・人の隔辺の 天の原 
六宗は清く 戻ろそよ
  
驕り明かして 還えば新に 違え生まるる 〈ミ10-5〉

 

【概意】
御祖天君の御言宣。
「タケヒト、タネコ しかと聞け。我よくよく思いめぐらすに、
臣民の食の繁るゆえ、生れ付きは賢しく、千年の寿命は百年に減ったが、
我が80万年も 民の百年も、世の楽しみはひとしく同じ。

 

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 あまてるかみも かえらせは あのみちまもる ひともなし
 もろともほむる かみもなし なんちふたりも なからえす
 いつせはこなし たけひとは よのみをやなり
 たねこらも ゑとむそうちに つまいれて よつきおなせよ

―――――――――――――――――――――――――――――
 「アマテル神も 還らせば 上の道守る 人も無し
 諸共褒むる 神も無し 汝二人も 永らえず
 イツセは子無し タケヒトは よの御祖なり
 タネコらも ヱト六十内に 妻入れて 代嗣を生せよ」

―――――――――――――――――――――――――――――

■還らす (かえらす)
カエル(返る・還る・帰る)+ス(尊敬) です。
実はアマテル神は、この時点では天界に還っています。その次第は28アヤで語られます。


■上の道・天の道 (あのみち)
「物理の上位にある道・形而上の道」 という意で、「神の道」 と言い換えても良いでしょう。
すなわち 「陽陰和る道陰陽和合の道」 をいいます。


■人も無し (ひともなし) ■神も無し (かみもなし)
人/神 は どちらも 「アマテル大御神」 を指します。
「日月の大神霊が和合して地上に顕現した人」 ということです。


■永らえず (ながらえず)
“永らえも千齢は百齢と萎り枯れた” ゆえ、タケヒトもタネコも 「長生きしない」 という意です。

 ホツマの記す以前の人間の寿命は、数万〜数百万年 ありましたが、
 タケヒト以降の世代は数十年〜数百年程度と、現代人に近くなります。


よの御祖 (よのみをや)・よよの御祖 (よよのみをや)

■ヱト六十内に (ゑとむそうちに)
「干支が一巡する60年の内に」 という意です。 ▶干支


■代嗣を生せよ (よつぎおなせよ)
人の寿命が短くなったため、“よの御祖” とて、ただ一代で国家を調えることは困難。
それゆえ君も、それを補佐する重臣も、早い内に次代を担う代嗣を育成しておけよ、
というような意味と考えてます。

 

【概意】
「アマテル神も還られて、世に神の道を守る人も無く、人々が諸共に讃える神も無い。
汝ら二人も長生きしないだろうし、イツセは子無し。タケヒトはゆくゆくを恵む祖ゆえ、
それを守るタネコらも、干支の60年の内には妻を入れて代嗣を生んでおけよ。」

 

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 たけひとは としそゐなれは わかかわり
 たねこかたすけ をさむへし しらやのをして たけひとに
 くにおしらする もものふみ たねこにゆつる

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 「タケヒトは 歳十五なれば 我が代り
 タネコが助け 治むべし 白矢の璽 タケヒトに
 国を領らする 百の文 タネコに譲る」

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■歳十五 (としそゐ)
男子が 「成人とみなされる年齢」 のようです。
皇室では 加冠の儀 が行われます。


■我が代り (わがかわり)
「国家君主の代理」 という意です。
本来ならタガの都で正式に三種宝を授与して皇位を譲り、それを内外に示すところですが、
御祖天君は御幸先にあり、また28アヤで語られるような不穏な社会情勢により それが叶わないため、
仮に “我が代り” (君主代理) の名を以て、和つ日月=皇君 の称号に代えています。

  
■白矢の璽 (しらやのをして)
「皇位者の携帯用の身分証明」 で、「白いハハ矢」 をこれに用います。 ▶ハハ矢
ハハ矢の尊璽(ははやのかんをして)、ハハ矢璽(ははやて) とも呼ばれます。
ヲシテ(押手)は、この場合は 「証・璽(しるし)」 を意味するため、“璽” と宛てています。


■国を領らする百の文 (くにおしらするもものふみ)
ウガヤフキアワセズ(斎名:カモヒト)が即位した時、
御祖天君” の称号と共にアマテルより授けられた 「御祖百編」 の換言です。

 我 昔 陽陰の道得る 香の文 御祖百編を 授く 名も “御祖天君” 〈ホ27ー4〉

 

【概意】
「タケヒトは歳15なれば、我が代理である。タネコが助けて治むべし。
白矢の璽をタケヒトに、国を領らす百の文をタネコに譲る。」

 

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 わかこころ さきにかかみは おしくもに
 またやゑかきは わにひこに さつくおひめか あつかりて
 わけつちみやに おさめおく ほつまなるとき おのつから
 みくさのたから あつまりて みをやとなすか ほつまそと

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 「我が心 さきに鏡は オシクモに
 またヤヱ垣は ワニヒコに 授くを姫が 預かりて
 ワケツチ宮に 納め置く ほつま成る時 おのづから
 三種の宝 集まりて 御祖と成すが ほつまぞ」 と

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■鏡はオシクモに (かがみはおしくもに)
天君が九州に御幸する前に 「三種宝のヤタの鏡はオシクモに授けた」 という意です。 ▶オシクモ
これは非公式ながら 次期タケヒト政府の 左の臣(=鏡臣) にオシクモを任命していることを示します。

         ┌フツヌシ
        ??┤
         └アサカ姫┐
              ├──アマノコヤネ
 ツハヤムスビ─??─ヰチチ─┘     ├──オシクモ──タネコ
                    ├──ヒタカヒコ
 トヨケ─??─ヲバシリ─タケミカツチ─ヒメ  (ヒタチ)


■ヤヱ垣はワニヒコに (やゑがきはわにひこに)
同じく 「三種宝のヤヱ垣の剣はワニヒコ(=クシミカタマ)に授けた」 ということです。 ▶ワニヒコ
やはり次期タケヒト政府の 右の臣(=剣臣) にワニヒコを非公式に任命していることを示します。

          ┌ミシマ─タマクシ姫┐┌クシミカタマ┐
         │         ├┤      │
         ├ツミハ──────┘└クシナシ  │(養子)
   コモリ───┴カンタチ┐            │
(3代オオモノヌシ)      ├─フキネ(4代)      ↓
          フトミミ┘   ├──────クシミカタマ
                  │        (5代)
                サシクニ別姫


■姫 (ひめ)
御祖天君の内宮である 「タマヨリ姫」 を指します。 ▶内宮

                    ヤセ姫
 ニニキネ───ヒコホオデミ──┐    ├──────1.ヰツセ
                ├─ウガヤフキアワセズ
 ハテスミ─┬トヨツミヒコ   │    ├──────3.イナイイ
      ├────トヨタマ姫┘    ├──────4.カンヤマトイハワレヒコ
      ├────タケスミ─┐    │     
      └オトタマ姫    ├──タマヨリ姫
                │    ├ー─────2.ミケイリ(出雲の御子)
 クシヒコ─コモリ─イソヨリ姫─┘  ワケイカツチ神
                    (白羽の矢)


■ワケツチ宮 (わけつちみや)
トヨタマ姫がニニキネの神霊を纏った ワケツチ山(=神山)の宮をいいます。
この宮が後に移されて 賀茂別雷神社 となります。 ▶ワケツチ(分土)

 トヨタマは ワケツチ山に 喪 四十八 年の纏りも みあえなす 〈ホ26ー4〉

 賀茂別雷神社 (かもわけいかづちじんじゃ)
 山城國愛宕郡。京都府京都市北区上賀茂本山339。
 現在の祭神:賀茂別雷大神
 ・神山を御神体とする


■ほつま成る時 (ほつまなるとき)
世に 「調和が実現する時」 という意です。 ▶ほつま


■ほつまぞ
上のホツマと同じですが、ここでは 「和合・調和・素直」 などの原義から、
「素直で無理のないさま・自然であるさま・本来あるべきさま」 を意味します。

 

【概意】
「さきにヤタの鏡はオシクモに、また八重垣の剣はワニヒコに授けるを、
タマヨリ姫が預ってワケツチ宮に納め置く。
それは、世に調和が実現する時、三種の宝はおのづから集まりて、
必ずやタケヒトを “よよの御祖” となすが自然の成り行きぞ、と信ずる
我が思いからである」 と言い残して、

 

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 みやさきやまの ほらにいり あかんたひらと あかります
 みこもおつとめ よそやすむ
 みそふあつまり あくるなは つくしすへらき

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 ミヤサキ山の 洞に入り 「アカンタヒラ」 と あがります
 御子 喪を務め 四十八済む
 三十二集まり 上ぐる名は “ツクシ皇”

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■ミヤサキ山の洞 (みやさきやまのほら)
「御祖天君が入った辞洞」 です。 ▶ミヤサキ ▶辞洞
ミヤサキ山は 「御幸先の山・巡幸先の山」 という意ですが、
別名を “アヒラツ山” といいます。

 鹿児島県鹿屋市吾平町上名の 吾平山上陵 が、
 宮内庁によりウガヤフキアワセズの陵に治定されています。


■アカンタヒラ (▽吾神回翻)
「我が神霊の帰還」 の意に解しています。

 アカンは アカミ(吾神)の音便で、「我が神霊(みたま)」 という意です。
 タヒラは タフ(▽回ふ)+ヒル(▽翻る) の短縮 “タヒル” の名詞形で、
 どちらも 「往き来する・回る・帰還する・改まる・翻る」 などが原義です。


■あがる・あかる (▽明かる・上がる)
アク(明く)+カル(駆る) の短縮で、「回る・一回転して元に戻る・還る」 などが原義です。
この場合は 「人生の一巡を終えて元に戻る・天上界に還る」 という意となります。
すごろくの “あがり” や ”仕事あがり” も この意です。


喪 (も) ■務む (つとむ)

四十八 (よそや)


■三十二 (みそふ)
三十二県の守三十二守 の略です。


■上ぐる名 (あぐるな)
「捧げる名・献上する名」 の意で、「贈り名」 の換言です。 ▶贈り名

 

【概意】
ミヤサキ山の洞に入り 「我が神霊の帰還」 とあがります。
御子タケヒトは喪を務め、48日が済む。
32の県主が集まって捧げる名は “ツクシ皇”

 

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 このよしお たかにつくれは もにいりて
 ひうかのかみと まつりなす
 をにふにまつる かものかみ あひらつやまは みをやかみ

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 この由を タガに告ぐれば 喪に入りて
 “日向の神” と 纏りなす
 ヲニフに纏る “カモの神” アヒラツ山は “御祖神”

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■日向の神 (ひうがのかみ)
タガの宮の喪纏りにおいて捧げられた 「御祖天君の贈り名」 です。 ▶タガの宮
日向ふ国(ひむかふくに)が略されて、ヒムカ → ヒウガ と転じます。
「日(太陽)が向かう方向の国・西の国」 という意で、日向=ミヤサキ=曽於 です。


■纏りなす (まつりなす) ■纏る (まつる)
どちらもここでは 「喪纏りを行う」 という意です。 ▶喪纏り


ヲニフ (遠敷・小丹生)

■カモの神 (かものかみ)
ヲニフの喪纏りにて捧げられた御祖天君の贈り名です。
「カモヒトの神霊(みたま)」 という意と考えます。 ▶カモヒト


■アヒラツ山 (あひらつやま:吾平つ山)
御祖天君の入った辞洞がある “ミヤサキ山” の別名です。 ▶ミヤサキ山
「アヒラの山」 の意で、アヒラは アカンタヒラ(吾神平) の略と考えます。
つまり 「我が神霊が帰還する山」 という意です。

 九州南部には これに因んだものと思われる、吾平(あひら・あいら)、
 姶良(あいら)、油津(あぶらつ)、荒平(あらひら) などの地名が数多く残ります。


■御祖神 (みをやかみ)
ヲニフの喪纏りにて捧げられた御祖天君の贈り名です。
「御祖天君の神霊(みたま)」 という意でしょう。 ▶御祖天君

 

【概意】
この由をタガの宮に告げれば、喪に入りて “日向の神” として纏りなす。
ヲニフに纏る “カモの神”、アヒラツ山は “御祖神”。

 

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 のちにたまより かみとなる かあひにあわせ みをやかみ
 めをのかみとて いちしるきかな

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 後にタマヨリ 神となる 河合に合わせ “御祖神”
 陰陽の神とて 著きかな

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河合 (かあひ)
河合の神を纏る 「河合の宮」 をいいます。 ▶河合の神
河合の神は タマヨリ姫の両親の カモタケスミ&イソヨリ夫婦の贈り名です。

 河合神社 (かわいじんじゃ) 
 京都府京都市左京区下鴨泉川町59、賀茂御祖神社内摂社。
 現在の祭神:玉依姫命
 ・延喜式は 鴨川合坐小社宅神社 と記す。
 <筆者注> 当初の祭神はカモタケスミ&イソヨリ姫の夫婦で、この社が賀茂御祖神社の前身。


■御祖神 (みをやかみ)
タマヨリ姫が神になると、御祖天君とベアで “御祖神” の名を贈り、
タマヨリ姫の両親が鎮まる “河合の宮” に合わせ纏ったということです。
これが 賀茂御祖神社 の創始ですが、現在の社殿に移るのは垂仁天皇の時代です。

 賀茂御祖神社 (かもみおやじんじゃ)
 山城国愛宕郡。京都府京都市左京区下鴨泉川町59。 
 現在の祭神:玉依媛命、賀茂建角身命


■陰陽の神 (めをのかみ)
「夫婦の神・夫婦和合の神」 という意です。


著し (いちじるし)
「至って顕著なさま・他と大きく異なるさま・きわだつさま」 を表します。
この場合は 夫婦をペアで纏る点で 「他の神社とは大きく異なる」 という意味です。

 

【概意】
後にタマヨリ姫が神となると、夫婦一対で “御祖神” の名を贈り、
河合の宮に合わせ纏る。夫婦の神とあって際立つかな。

 

 

本日は以上です。それではまた!

 

 

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