マサカキ・アメノマサカキ

→ 語義

真榊。天の真榊。 =鈴の木。  サカキ
マサカキの枝は1年に半寸伸び (これを「1穂」と言う)、60年で3尺となり (これを「アヱ(熟枝)」という)、同時に新たな枝が生える。6万年で千枝となり枯れる (これを「サクスズ(幸鈴)」という)。よって鈴木の枝の数と長さを見れば時間の経過が判る。これが鈴暦の基であった。マサカキの植え継ぎは君の御業だったことから「天のマサカキ」ともいう。真榊を植え継ぐ時は「陽陰の節」に当たると言い、陽陰のアンバランスから汚穢が発生することが多いらしい。

1穂=1年(1〜60穂)。 1枝=60年(0〜999枝)。 1鈴=千枝=6万穂(1鈴〜)

誰がマサカキを植え始めたのかは明らかでないが、ウヒヂニ・スヒヂニの生れる頃にその植え継ぎが五百回に達する。それでこれを「五百継の天の真榊」と呼ぶ。この時点で世に男女の別が生じ、その結合によって子孫を作るようになるなど「陽陰なる道」に大きな変化が起ったらしく、区切りとしてカウンターを "0" に戻している。これ以後を「五百継の天の真榊」に次ぐ真榊という意味でおそらく「五百次の天の真榊」と呼ぶ。そして代々の天君がこれを植え継ぐが、オモタル・カシコネの世で途絶える。(真榊の植え継ぎは君の御業であるため、他の者が代行することはできない。) しかしヒタカミでも独自に、初代タカミムスビとなったキノトコタチハコクニ宮に「五百次の真榊」を植え、以後歴代のタカミムスビが植え継いでいた。その二十一鈴百二十五枝にアマテルが誕生する。これを以って五代タカミムスビのトヨケは、マサカキの植え継ぎを中央政府の君の管理下に戻したものと思われる。

【真榊・真賢木】(マは接頭語)−広辞苑より−
(さかき)の美称。 太玉串(ふとたまぐし)として神に奉り、また、神籬(ひもろき)として神の憑代(よりしろ)とすることもある。

真榊の 植え継ぎ 五百に 満つる頃 世嗣の男神 ウヒヂニの スヒヂを入るる』2文
『諸民も皆 妻 定む 陽陰なる道の 具わりて 類 成るより 年 数え 五百継天の 真榊や』2文
『然れど父は  四十 母は三十一穂 陽陰の節 宿れば当たる 父の汚穢 男の子は母の となる』3文
クニトコタチの 八下り子 木草をの ホツマ国 東 遥かに 熟み 高く 発ち上る日の ヒタカミ タカミムスビと 地 統べて トコヨの木を ハラミ山 カグヤマとなす 五百次の 真榊も植え』4文
『治む五代の ミムスビの 斎名 タマキネ 元明を 写す タカマに アメミヲヤ 元々天並 三十二神 祭れば  "外廻の トヨケ守" 東の君と  受けて 大嘗事も 真榊の 六万に継ぎて
4文
ツハモノヌシが "真榊の 上枝は熟玉 中つ枝に マフツの鏡 下 和幣 掛け祈らん"』7文
真榊 穂末 伸び 年に寸半の 六万穂木(祝) 欲を離れば 鈴明なり 宝 欲しきは 末 消ゆる』13文
『御子ウヒヂニは モモヒナに  成して 真榊を 植えて数ふる
 六十年の 末生えも 六百に 十枝 生え 六万年 千枝に 尽き枯るる』18文
『植え継ぎ五百の 後の初 五百次天の 真榊を キ・ミの御業と』18文
『諸共に 真榊 二十の 余る頃 弁別 あらず 二神の 継ぎて 遍く 和り恵り 民の教えは や』18文
『汝 ヤマクヒ 山後 野を堀り 土を ここに上げ 大日の山を 写すべし 一枝に足り 一枝の山24文
五十鈴の 千枝の二十年  代わる " 未だ" とて モノヌシが イセに詣でて これを問ふ』28文
『このは 天地開く トコタチの 宮の真榊 熟枝 千枝に さく鈴となる』28文
『植え継ぎの 五百に至れば 三百ハカリ 万歳 満ちて 五百継ぎの 天の真榊28文
年の穂の  十年には五寸 六十年に 三尺 伸ぶ ヱトの 一回り  明くる年 成る 三尺の熟枝』28文
『なれば二 キアヱより 枝と穂と数え 一枝 六十  十枝は六百年 百枝は六千 千枝に六万を 陽陰守の 一回りづつ 暦 成る』28文
『故 千枝の年 種 植えて 明くれば生ゆる 真榊
を ハコクニ宮に トコタチの 植えて国名も ヒタカミの タカミムスビの 植継ぎの』28文
二十一鈴 百二十五枝 三十一 キシヱの 初日の出 若日と共に 生れませば 斎名 ワカヒト 産宮は ハラミ サカオリ28文
『諸守 祝ふ 門出して 国々 巡り 真榊の 二方 三方 十方 嘗て無く イヨに至れば』28文
『我は臣なり 君 植ゆる 天の真榊 如何にせん 我は祝詞 宣んすのみ』28文

 

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