カグヤマ

→ 語義

 

カグヤマ(1)

橘山。天の橘山。 =ハラミ山
八下りの御子がハラミ山に橘の木を植えたことにより付いた名。
カグヤマ(2)と区別するために、特に天の橘山とも言う。

クニトコタチの 八下り子 木草をの ホツマ国 東 遥かに 熟み 高く 発ち上る日の ヒタカミや タカミムスビと 地 統べて トコヨの木を ハラミ山 カグヤマとなす 五百次の 真榊も植え』4文
『またハタレ 日隅ヒタカミ 橘山下 二岩浦に 継ぐ
告げ(黄楊)の   櫛の歯 挽けば 諸守は タカマに議り』8文
『またフツヌシは "カグ山を 司れ" とて カトリ守8文
久方の 天のカグ山 とがもより さ渡り来る日 細手弱 腕を巻かん とはすれど さ寝んとあれば 思えども 汝が着ける裾の 月経ちにけり』40文

 

カグヤマ(2)

  1. 奈良県橿原市の天香久山。 
    アスカ君
    がニニキネに倣い、土を盛って造った橘山(ハラミ山)のコピー。

    『孫 ホノアカリ カグヤマの アスカの宮に 御座します 弟 ニニキネは 新治 成す』
    アスカ君 カクヤマ 写し 宮の名も ハセ川 掘りて アスカ川 縁を田となす』24文
    『三月七日 ハラミ山へと 御幸なる その道なりで 黒田より香久山 賀茂や 多賀の宮32文
    都の空を眺む御歌に「愛しきよし 吾家の方出立ち 雲はヤマトの国の真秀 たな引く青垣の山も籠れる 山白は真十よ 煙火せばただ御子思え クノ山白橿が枝を 毛渦に挿せこの子」』38文

  2. カグヤマ宮。 =アスカ宮。

  3. カグヤマ央君。 
    (1) クシタマホノアカリ(テルヒコ)。 
    (2) ニギハヤヒ(クニテル)

    『先にカクヤマ ナガスネは 御祖皇 御子 無きを オシクモ 祈る その文を  乞えど授けず』28文
    カグヤマの臣 ナガスネが 儘に奮えば 騒がしく ハラの央君は 糧 止む』29文

 

 

カグヤマノハニ

香久山の埴。 
神武東征の折、タカクラ山の麓で磯城タケル葛城アカシ等と対戦する時に天皇の夢に『香久山の埴の平盆に神饌を盛って神を祀れ』と言う告げがあった。 またミマキイリヒコ(10代崇神天皇)の時にタケハニヤスが謀反を起こすが、妻のアタ姫は香久山の埴を領巾(ヒレ)に入れて国の物実(モノザネ)と祈願している。 
「香久山」は大和(飛鳥)地方を象徴し、「埴」はその土地の象徴とされていたようだ。つまり香具山の埴を手中に収めることは大和の国を手に入れることを象徴する。

スヘラギ 祈る 夢の告げ "神を祭れよ 香具山の 埴平皿に ヒモロケ"と  神の教えに 為さんとす』29文
弟ウカシ 来て "磯城タケル 葛城アカシも 皆 拒む 君を思えば 香具山の 埴平皿の ヒモロケに 天地 祭り 後 討たん" ウカシが告げも 夢合せ29文
シイネツヒコは 蓑と笠 を持つウカシ の 民の姿で 香具山の 峰の埴 採り 返言は 弥の占形 努々と 謹しみ採れ』29文
斎瓮を作り 丹生川の ウタに写せる アサヒハラ アマテルトヨケ 二祭は ミチオミぞ』29文
に申さく "これ  タケハニヤスの 背くなり  聞く 妻の アタ姫が 香久山埴 領巾に入れ 祈りて地の 物実と これに如あり 早や謀れ"』34文

 

カグヤマ(3)

カグヤマツミ

自らの 告げ文を カグヤマ 使に 奉る20文
中国の守 拒まんを 防ぐ供守 カグヤマは ヤマズミの二子 フトタマは ミムスビの三子』20文

 

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