タカマ・タカミ
→ 語義
高天。 アメ(天)ともいう。
「高み」「中心・核」の意。
サコクシロ中心の九座を「タカマ」という。 →フトマニ図
地にもタカマがあり、
- ヒタカミ。
もともとはハコクニがヒタカミにミナカヌシ(中御座の神)を勧請し、さらにタマキネがヒタカミのユキの宮にアメトコタチの九星、スキの宮にウマシアシガヒヒコチの十一神を勧請し、『天のタカマ』を地上に写して『地のタカマ』とする。これによりヒタカミは地上世界の中心ということになる。
『トコヨ神 木の実
東に 植えて生む ハコクニの神 ヒタカミの タカマに祭る ミナカヌシ』2文
『治む五代の ミムスビの 斎名
タマキネ 元明を 写す
タカマに アメミヲヤ 元々・天並 三十二神 祭れば
"外廻の トヨケ守" 東の君と 道
受けて 大嘗事も 真榊の 六万に継ぎて』4文
『趣 告げる キギスにて ムカツ姫より 言宣し タカミに祭る トヨケ神』6文
『九星を祭る ユキの宮 アメトコタチと スキ殿に ウマシアシガイ ヒコチ神 合わせ祭れば 名もタカマ』ミ6文
- 天君の坐す都、そこにある中央政府。またその意思決定の機関・会議場(=橘宮)。 =アメ(天)。
天君というのは天上の神の世への顕現であるので、天君の坐す都は当然に『タカマ』となる。
オモタルの時代はヲウミのアツミ。以後アマテルが君となるまでは暫定的にヒタカミ。アメテル時代はハラミからイセ。 オシホミミからウガヤまでは同時にアマテルも在世しているので、アメがどちらの都を指すのかわかりづらい。
『言の葉 無くて "待ち給え 後 返さん"
と 持ち帰り タカマに至り 諸に問ふ』1文
『諸守の 守議りなす タカマにて オオモノヌシが 日の神の 斎名の謂を 諸に問ふ』4文
『御端より 直御使に召す カンサヒと コクミ・母・子と タカマにて カナサキ
問わく』7文
『ヤスカワの 闇に驚く オモイカネ 灯燃に馳せ 子に訪いて "タカマに議り 祈らんや"』7文
『ココ沢山の 早雉 杼投ぐる告げの タカマには 守議りして』8文
『タカマは六つの ハタレ
醸み 蜂の如くに 乱るれば 守議りして ハタレ
討つ』9文
『タカマには 弓
打ち鳴し ウスメ
身の 奏でるを見て 大御神 桑
以て作る 六弦琴』9文
『"ホロロ
泣けども 鉤の鯛ぞ 肴と切るも 愚かなり タカマは民の 笑す尊意 いとかけまくぞ 御言宣"』10文
『その父の ココトムスビに 乞ひ受けて タカマに上り 諸共に これ
伺えば 御言宣』16文
- タカマを日本(あるいは世界)の縮図と見る。これはタカマ(中心)を「車輪の中軸」と見る発想から。
『"タカマは万の 地形 これ
オノコロ" と にこ笑みて 中の巌に 御座します』18文
タカマノハラ
タカマの原。
天の『タカマノハラ』は天上界、あるいは全宇宙を言うようだ。=サコクシロ。
地の『タカマノハラ』は広義にはアマテル神の光の及ぶ所(中央政権の及ぶ範囲)。
狭義には「ヒタカミノハラ」でヒタカミから関東あたりを言う。これは「アマノハラ」に対する語と思える。
『人は天地 形取れリ 空はタカマの ハラの内 目鼻に散るも 日・月・星』17文
『タカマのハラの 上司 天地照らします 大御神 祝ぎ奉る 宣中に』22文
『赤白黄の木綿の 幣に 火水を結ぶ オキツヒコ ここもタカマの ハラなれば 弥々に誓ふる 宣言に』22文
『アメナカヌシの百ハカリ万 天の巡りの百万トメヂ 生まれ
罷るも 一巡り』ミ4文
『諸星は 天に篝りて 斑
なす 連井は本の 色仕さ 二十甕星は 吉凶を ハラ野に示す』ミ6文
『外はタカマの ハラ周り 百万トメチ 星までは 十五八千トメチ その外は 名もトコシナエ』ミ6文
『四十九の神は 天に還り 元のタカマの ハラにあり 地球
細し サコクシロ 故
神 祭る 地もタカマ」ミ6文
『この屋造りの ホツマ法 打杭
連垣 地掃して 映地
奮活の 柱
立て ムロ屋・宮殿 民の屋も 棟はタカマの ハラまでも 千木
高知りて 障り 無し 下は千尋の 礎の 柱は千度 根
接ぐまで 』ミ8文
『タカマの原の ヲヲミヤ姫 トヨハタ
スケや ココタエの』ミ逸文
『天の治は 神の集まる 人の原 仕付くに業の 凹凸ぞ生みける』フ002
タカマノハラノカリミヤ
高天の原の仮宮。
この場合、ヒタカミのハラという意か。 のちのカシマ宮のことを言っているようだ。
→ アマノハラ
『タカマの原の仮宮に 帯
賜われば 諸が 名も '直ちの宮'
と モノノベが 愛でて造れる カシマ宮』16文
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