大足彦忍代別。
12代景行天皇。 垂仁天皇(イクメイリヒコ・ヰソサチ)とヒハス姫の第二子。 斎名:タリヒコ(足彦)。
マキムキのヒシロ宮に都。 3年春、紀の国に神を祭ろうとするが占が良くないので御幸は止め、ウマシタケイゴコロをアビカシハラに派遣して祭らせる(9年間)。 12年8月、クマソが背いて貢ぎしないという陳情に対して、自らツクシに御狩に出かける(19年9月まで)。 25年7月、タケウチをホツマシルベに任じて、ホツマ、ヒタカミ、ツガルの情勢を探らせる。 27年10月、クマソがまた背いたので、オウスを派遣する。 40年10月、サカオリ宮のタケヒの要請に応じてオウスをヱミシ討伐に派遣する。 オウスの遺し文により、オオタタネコに『ホツマツタヱ』をオオカシマに『ミカサフミ』を編纂することを命じ、自らも『カグミハタ』を編纂する。
イクメイリヒコ─┐
(垂仁天皇)├───ヤマトヲシロワケ(景行天皇)
ヒハス姫────┘ ┃ ┌ (1)ヲウス
┃ │ (双子)
キビツヒコ───────ヰナヒヲイラツ姫[内宮1] ─────┴ (2)オウス
┃
ヤサカイリヒコ─────ヤサカイリ姫[ミノ内侍]──────┬ (3)ワカタリヒコ(成務天皇)
┃[→スケ→内宮2] ├ (4)ヰモキヒコ
┃ ├ (5)ヲシワケ
┃ ├ (6)ワカヤマトネ
┃ ├ (7)オオズワケ
┃ ├ (8)ヌノシ姫
┃ ├ (9)ヌナキ姫
┃ ├(10)カノコヨリ姫
┃ ├(11)ヰモキ姫
┃ ├(12)ヰソサチヒコ
┃ ├(13)キビヱヒコ
┃ ├(14)タカギ姫
┃ └(15)オト姫
┃
イワツクワケ──────ミツハイラツメ[ミオのスケ]─────(16)ヰモノ姫クスコ
┃
ニシキイリヒコ─────ヰカワ姫[スケ]──────────┬(17)カンクシ
┃ └(18)ヰナセヒコ
┃
アベコゴト───────タカタ姫[内侍]───────────(19)タケコワケ
┃
ソヲ国造タケ───┬──タケ姫[内侍]───────────┬(20)クニコリワケ (双子)
│ ┃ ├(21)クニヂワケ (双子)
│ ┃ ├(22)ミヤヂワケ
│ ┃ └(23)トヨトワケ
│ ┃
└──ミハカセ姫[内侍]──────────(25)トヨクニワケ
┃
ヒウガ国造カミナガ───ヲタネ姫[御下]───────────(24)ヒウガソツヒコ ほか総勢81人。
天鈴709年(垂仁天皇20年)真冬生まれ。
天鈴788年7月11日(81歳)即位。
『久方の 天が下
領る 我が君の 代々に伝わる 冠は アマテル神の 作らせて 直御使八つの 御耳に 聞こし召さるる 朝政』序
『十日 后 生む御子 ニシキ イリヒコの 斎名
ヰソキネ 二十年 真冬 生む御子
ヤマト ヲシロワケ 斎名 タリヒコ 次に生む オオナカ姫と ワカギニの 斎名
ハルヒコ』36文
『御言宣 "ミカサの大臣 斎主 ワタラヒ臣は 神主に アべタケヌガを 御代りと ワニクニフクを 内代り モノベトチネを 御上から タケヒ朝臣を 御子代り" 各々詣で 二十六年の 九月十六の日 大御神 五十鈴川の サコクシロ 内に渡まし 十七日の夜 御丈柱を 納めしむ』36文
『御子 ヰソキネと タリヒコと "望む所を 申すべし" ヰソキネ
曰く "弓矢 得ん" タリヒコ 曰く "位 得ん"』37文
『君
二御子の 望むまま 弓矢 賜わる 兄の宮 "弟は位を 継ぐべし"
と』37文
『三十七年 初日 ヲミヱ 立つ タリヒコは十八歳 世嗣御子』37文
『七月初日 君 罷る
歳 百三十七 御子の喪罷入り 四十八夜 埴奉物し 十二月十日 菅原伏見に 神送りの 灯も輝く 神の御幸ぞ』37文
『三月に帰るタジマモリ 時じく橘果 二十四籠 橘の木四竿 株四竿 持ち来たる間に 君
罷る』37文
『土産 半ばを 若宮へ 半ばを君の 御稜に 捧げ申さく "これ
得んと 遥かに行きし トコヨとは 神の隠れの 及びなき 風を馴染むの 十年
経り あに思ひきや 凌ぎ得て 更
帰るとは 皇の 貴日によりて 帰る今 既に去ります 臣
生きて 何か為ん" とて 追ひ罷る』37文
『諸も涙で 橘 四本 殿前に植え 株
四本 菅原に植ゆ』37文
『遺し文 御子 見給ひて 橘君が ハナタチバナは 故が妻 オシヤマ
遣りて 呼ばしむる』37文
『父 モトヒコと 上り来る 御子
喜びて モトヒコに 許し衣 賜ひ 喪を務む』37文
『ハナタチバナが 五月末 夜半に生む子に 御言宣 "昔の人の 緒を留む ヲトタチバナ"
と 名を賜ひ』37文
『似たる姿の オシヤマに 婚ぐ母子も 御恵み 深き縁りの 試しなるかな』37文
『天地つ日月を 受け継ぎて 斎名
タリヒコ ヲシロワケ 天皇の 歳
八十一 三種宝の 天ヲシカ 八豊の御幡 高御座 いと厳かに 天つ神 むべ下ります 御飾を 民に拝ませ 若宮の 初暦
成る』38文
『キビツヒコが女
立つ 后 播磨のイナヒ ヲイラツ姫 内侍の時に
去年四月 孕みて生まず 二十一月 経て 十二月十五日
臼端に 餅花 成して 双子
生む 兄の名 モチヒト
ヲウス御子 弟の名 ハナヒコ
オウス御子』38文
『紀の国に 神 祭らんと 占えば "行くは好からず" 御幸
止め オシマコトの子 ウマシタケ ヰココロ
遣りて 祭らしむ』38文
『美濃に行く 臣等 申さく "好き女あり ヤサカタカヨリ 菊
桐 植えて楽しむ 菊桐宮』38文
『故 "これ 得ん" と 御幸して 美濃
高北の タカヨリの 菊桐の宮に 仮り居ます』38文
『生簀 望めば 差し覗く オト姫
留めて 君 召しつ 姫 思えらく 妹背の道 通える法も 艶ならず』38文
『君に申さく "僕は 婚ぎ
好まず 御殿に 召すも好からず 姉が名を ヤサカイリ姫 姿
好く 后の宮に 召さるとも 操
ならんが" 君 許し 姉姫を召す』38文
『纏向日代 新宮に 帰り入ります ヤサカ姫 なる
美濃内侍 五年十一月 十五日
日の出に 生む子の名 ワカタリヒコぞ』38文
『雉 飛べば タカヨリ
上る ウチマロも 内宮に行き 言祝す 君
喜びて 斎名 請う ウチマロ 捧ぐ ウチヒトは 世嗣御子なり』38文
『美濃内侍 なる
スケ 生む子 ヰモキヒコ 斎名
スズキネ オシワケと ワカヤマトネと オオズワケ 次
ヌノシ姫 ヌナキ姫 カノコヨリ姫 ヰモキ姫 ヰソサキヒコに キビヱヒコ 次
タカギ姫 オト姫ぞ』38文
『またイワツクの 子のミツハ イラツ姫
三尾の スケ
生む子 ヰモノ姫クスコ 内親君』38文
『また争の守 ヰソキネの ヰカワ
スケ 生む カンクシと ヰナセヒコ』38文
『アベコゴト タカタ
内(侍) 生む タケコワケ』38文
『また曽於
タケが タケ姫は 十六月
孕み 双子 生む クニコリワケと クニヂワケ
次 ミヤヂワケ トヨトワケ』38文
『日向御幸に カミナガが ヲタネ
乙侍 生む子の名 ヒウガソツヒコ』38文
『また曽於の ミハカセ
生む子 トヨクニの 斎名
ソヲヒト 日向君』38文
『皇の御子 男は五十五 女は二十六
総べ 八十一なり ヲヲウスおよび ヤマトタケ ヰモキイリヒコ ヰモノ姫 ワカタラシヒコ トヨトワケ 六人
親王の 名を帯ふる 余り
七十五子 国 県 分け治む その 末 多し』38文
『美濃の国 カンホネが女の ヱト
トオコ 地の色あり ヲヲウスを 遣りて呼ばしむ』38文
『ヲウス御子
美濃に至りて 姿
見て 密かに召しつ 留まりて 返言なさず 今年
十一 丈は八尺なり 君
咎め 都に入れず』38文
『七月 クマソ 背きて 貢せず オシテ
捧げて 恵り 請ふ 八月十五日より 御幸なる』38文
『九月の五日 至る 周防 娑麼
時に皇 南を望み "逆生気
起つは 恙かや"』38文
『オホのタケモロ 紀のウナデ モノベナツハナ この三人 遣りて形を 見せしむる』38文
『カンカシ姫は 人の頭 御使
聞きて 磯津山の 榊を抜きて 上つ枝に 八握の剣 八尺鏡 下
環珠や 白旗を 艫舳に掛けて』38文
『我が類 違はず天の 恵み
得ん ただ害ふは ハナダレが 乱りまだかり 名を借りて 菟狭に屯し 鳴り響く またミミタレも 貧りて 民を掠むる 御木川江 またアサハギも 供
集む 高羽川 また ツチオリと ヰオリも隠れ 緑野の 川境
頼み 掠め取る 皆 要処に 集まりて 長と名乗るを 討ち給え』38文
『時にタケモロ 謀らひて
赤衣 袴 引出物 引きてアサハギ 召し寄せて
これに引かせて 諸 来れば 悉く殺しつ』38文
『豊の長狭に 仮都 十月に至る 速水村 長
ハヤミツメ 御幸
聞き 自ら迎え 申さくは "北西が窟に ニ地蜘蛛 名はアオクモと シラクモと 直入禰疑野に 三地蜘蛛 ウチサルとヤタ クニマロと この五地蜘蛛 朋族の 力
強きを 集め置く 強ち召さば 戦 せん"』38文
『ここに皇 進み得ず 来田見村の 仮宮に 議りて曰く "諸
討たば 蜘蛛等 恐れて 隠れん"と』38文
『海石榴を採りて 槌となし 猛きを選み 槌
以て 山を穿ちて 草を分け 窟の蜘蛛を 打ち殺す 稲葉川辺は 血方となる』38文
『またウチサルを 討たんとて 海石榴市より 禰疑山を 越すとき仇が 横矢
射る 雨より繁く 進み得ず』38文
『城原に返り フトマニ
見 ヤタを禰疑野に 討ち破り ここにウチサル 降り
乞う 許さず 故に クニマロも 滝へ身を投げ』38文
『柏峡の石 長さ六尺 幅三尺
厚さ 一尺五寸 皇
祈り 飛び上る 故 スミヨロシ 直り神 両羽の社 新に建て これ
祭らしむ 返詣』38文
『十一月に至る 仮宮は 日向高屋ぞ』38文
『十二月五日 クマソを議り 御言宣 "我
聞く クマソ 兄アツカヤ 弟セカヤとて 人の頭 諸を集めて 長とす 矛前
当たる 者 あらず 少々 人と数 多なれば 民の痛みぞ 矛
駆らず 平けん"』38文
『クマソには フカヤとヘカヤ 二娘 煌々しくも 勇めるを 重き引手に 召し入れて 隙を窺ひ 虜にす』38文
『衣に欺く 二娘 召して御許に 恵なす 姉のフカヤが 申さくは "君
な憂ひそ 謀らん" と』38文
『兵 連れて 屋に帰り 酒をあただに 飲ましむる 父
飲み酔ひて 臥す時に 父が弓弦 切り置きて 父
アツカヤを 殺さしむ』38文
『皇 姉が シム
絶つを 憎み 殺して 妹 ヘカヤ 襲の国造と 叔父の子の トリイシカヤと 因ませて』38文
『"筑紫 平けん"
と 六年まで 高屋の宮に 御座します ミハカセ姫を 内添に トヨクニワケの 親王
生む 母子
留まり 国造や』38文
『子湯県の 丹裳小野に御幸
東を望み 昔 思して 宣給ふは "上祖天君 高千穂の 峰に登りて 日の山の 朝日に辞み 妻
向ひ 上下 恵む 神となる 国の名もこれ 'カ'
は上の 遍く照らす 'モ' は下の 青人草を 恵まんと 鳴神の雨 良き程に 別けて満繁の 潤いに
民 賑はせる 功は 賀茂別雷の 神心" かくぞ仰して 神
祭り』38文
『都の空を 詠む御歌に "愛し清し 我家の方ゆ
雲 出立ち 雲は大和の 国の幻 復棚引くは 青垣の 山も籠れる 山繁は 命の真澄よ 煙火せば ただ子
思え 熟山の 白橿が枝を 頭に挿せ
愛子"』38文
『都帰りの 御幸巡り 至る 夷守 岩瀬川 遥かに望み 人群を 弟ヒナモリに 見せしむる』38文
『帰り申さく "諸県 主ら 大御食 捧げんと イヅミ姫が屋に その集え"』38文
『熊の県 長 クマツヒコ 兄弟を召す 兄ヒコは来れど 弟は来ず 臣と兄とに 諭さしむ
然れど拒む 故 殺す』38文
『二十日 葦北 離島にて 日照りに暑く 水を召す ヤマベコヒダリ 水
無きを 天地に祈れば 岩角に 清水 湧き出る これ
捧ぐ 故に名付くる 水島ぞ』38文
『船 馳せて 行く
八代ヘ 日の暮れて 着く岸 知れず "火の光る 処へ差せ"
との 御言宣 岸に上がりて "何村" と 問えば八代 豊村の 焚く火を問えば 主を得ず 人の火ならず 知らぬ火の 国と名付くる』38文
『六月三日 高来県の 船渡し 玉杵名村の 地蜘蛛の ツヅラを殺し』38文
『至る 阿蘇国 四方 広く 家居
見えねば "人 在りや" 君 宣給えば 忽ちに 二神
成りて アソツヒコ アソツ姫
現り "君 何ぞ '人無きや' とは" 君 曰く "誰ぞ"
答えて "地つ神 社
破れり" 時に君 御言宣して 社
建つ 神 喜びて 守る故 家居 繁れり』38文
『筑紫州後の 高田宮 大神木
倒れ 木の長さ 九百七十丈ぞ 百
踏みて 往き来に歌ふ "アサシモの 神木の竿橋 前つ君 礼
渡らすも 神木の竿橋"』38文
『"歴木なり 倒れぬ先は 朝日影 杵島峰にあり 夕日影 阿蘇山
覆ふ 神の御木" 国もミケとぞ 名付けます』38文
『ヤツメを越えて 前山の 合岬
見て 君 曰く "畳 麗し 神
在りや" 水沼代ヲウミ 申さくは "ヤツメ姫神 峰にあり"』38文
『八月に至る 的村 御食
進む日に 膳方侍 御皿
忘れる 長 曰く "昔 天御子 恵りの日 ここに御食なし 膳方が 食瓮
忘れり 国言葉 御皿を食瓮 飯瓮もこれ かかる愛でたき 例なり"』38文
『十九年九月八日 纏向の 宮に帰ます』38文
『ヰモノ姫 クスコ 内親王 妹背の神 祭る祝は 筑紫平け 姫
今年 十四』38文
『タケウチに ホツマ知る侍の 御言宣 北より津軽 ヒタカミや 橘の館に 道を聞く』38文
『根心を 明かし帰りて 二十七年二月の 十三日
申さく "ヒタカミは 女男の子
髪を 揚巻に 身を紋取りて 勇み立つ 総てヱミシの 地
肥えて 服わざれば 取るも好し"』38文
『クマソ
背きて また犯す 十月十三日 御言宣 オウス御子して 討たしむる』38文
『長が曰く "今
しばし 剣 止めよ 言あり" と 待てば "汝は 誰人ぞ" "皇の子の コウスなり"』38文
『ヤマトタケ 申す形は "皇の 御霊によりて クマソ等を ひたに殺して 悉く平け 西は異無く ただ吉備の 穴門
浪速の カシハ辺 悪しき気
吹き 満ち行くも 災い回る 溢れ者 海と陸との 道
開く"』38文
『纏向の 日代の四十年 六月 ホツマ
騒げば サカオリの タケヒ
上りて 恵り 請ふ』39文
『君 諸 集め 宣給わく "ホツマのヱミシ 掠めると 誰人
遣りて 平けなんや"』39文
『野に隠るるを 呼び召して 君
責め曰く "汝
あに 強いて遣らんや 恐るるの 余り"
と美濃を 守らしむ』39文
『先にタジマが 遺し文 "国
染まざれば 橘の木を 得んと思えば 橘の モトヒコが家に 年
経りて 馴染みて巡る ヒタカミと シマツの君に 会い知りて やや得て橘を 引かぬ間に 君
神となる 散々悔み 今 若宮に 奉る 君
僕が モトヒコに 結ぶしづくの 源を 思して
ホツマ 領ろし召せ"』39文
『ここに皇 タケウチと 語り合わせて ホツマ国 橘モトヒコを 己になして タチハナ姫と ホツミテシ サクラネマシを 先に遣り』39文
『ヱミシ等は 人心
無く 置き難し ままに分け置く 播磨・安芸
阿波・伊予・讃岐 佐伯部ぞ』40文
『君 聞こし召し "いやちこ"
と 篤く恵みて 八月四日 ワカタリヒコを 世嗣御子 タケウチ
宿禰 棟の臣』40文
『五十二年五月二十八日に 后 イラツ姫 神となる 御送り法は アツタ法』40文
『七月七日 ヤサカイリ姫 内つ宮』40文
『尾張津島に 至る時 連
迎えば 子の如く 共にオホマの 宮に入り 自ら作る 和幣
奉て』40文
『その夜の夢に ツシマ森 白斎鳥
成る ヤマトタケ』40文
『"我は賎しき ヒカワ神 元に返る"
と 恵み凝る 迷いを諭す 示しなり 昔
曰くは 人は神 神は人なり 名も褒まれ 満ち逹つ典の 神は人 人
素直にて ほつま 行く 真
神なり』40文
『告げにより 名もアツタ神 ミヤズ姫 斎に比べ 神主も 宮司
並み』40文
『東方へ 行けば相模に 御饗なす マシ・テシ
拝み 泣き曰く "姫 滅ぼして 見みえ得ず"』40文
『トラガシハ 如かき御姿 奉る 君
見給えば ヤマトタケ 生ける姿に 会ふ如く "一度
会いて 良く似たる" 故 "ハメクロ"
と その里を 名付け賜わる 神姿 大山峰に 社
成す』40文
『御船 上総へ アホの浜 鶚
餌食むを 民に問ふ "あれは海蛤と 賎が食む 膾も好し"
と ムツカリが 蒲襷して 獲る海蛤 膾になして 進むれば 膳伴部と 名を賜ふ オホヒコの孫 イワカなり』40文
『鹿島神楽の 獣舞を 問えば
トキヒコ "これ
昔 妙に渡りて 騒しばむを 辻君
統りて 立て全つる" 君 楽しみの 神楽獣 八万
鹿島に ある形 "障り無かれ" と 玩ぶ 猿治の神の 名にし負う』40文
『十二月に上り 伊勢の国 愛妹の宮に 御座します 五十四年九月 三十日には 日代の宮に 帰りますかな』40文
『君は"御機"を 染めませば 臣も"ミカサの 文"を染む オオタタネコも "ホツマ文" 染め捧ぐれば 三種法 具ふ宝と 御言宣』ミ序
『然れど道も 諸家に 仕さ 違えば ホツマ文
著す時に アツタ神 告げて 君には "橘御機" 押させ給えば 鏡臣 麓社の 文
奉ぐ』ミ序