※29文〜40文は、地名については原義と異なると思われる場合でも、現在一般に使用されている漢字で表記しています。

 
 【原文カタカナ訳】      【語源考察】           【漢字読み下し】
 トリアワセタチハナノアヤ   とりあわせたちはなあや     鶏合せ 橘の文



 タマキミヤ フソナホハツキ  たまきみや ふそなはつき    珠城宮       二十七年八月
                                 (垂仁天皇)        (天鈴715年)

 ナカヲミト イクサウツワオ  をみと いくさうつわお    七日 ヲミト     兵器を

 ミテクラニ ウラトエハヨシ  みてくらに うらとえよし    幣に        占問えば 吉

 ユミヤタチ モロノヤシロニ  ゆみたち もろやしろに    弓・矢・太刀     諸の社に

 ヲサメシム カンヘサタメテ  をさめしむ かんへさためて    納めしむ      神部 定めて

 ヨリヨリニ ウツワニマツル  よりよりに うつわまつる    度々に       器に祭る

 ハシメナリ          はしめなり            初めなり
 
       フソヤホカンナ        ふそやかんな              二十八年十月
                                             (天鈴716年)

 ヰカマカル アニヤマトヒコ  まかる あにやまとひこ    五日 罷る      兄 ヤマトヒコ

 ネツキフカ オモムロオクル  ねつき おもむろおくる    十一月二日     骸 送る

 ツキサカニ ハヘルヒトラオ  つきさかに はへるひとお    築坂に       侍る人等を

 イキナカラ ウツメハサケヒ  いきなから うつめさけひ    生きながら     埋めば叫び

 ツヒニカル イヌトリハムオ  つひかる いぬとりはむお    終に枯る      犬・鳥 食むを

 キコシメシ アワレニオホス  きこしめし あわれおほす    聞こし召し     哀れに思す

 ミコトノリ イキオメクマテ  みことのり いきめくま    御言宣       「生きを恵まで

 カラスルハ イタマシヒカナ  からするは いたましひかな    枯らするは     痛ましいかな

 フルノリモ ヨカラヌミチハ  ふるのりも よからみちは    古法も       好からぬ道は

 ヤムヘシソ          やむへしそ            止むべしぞ」
 
       ミソホハツムカ        みそはつ              三十年一月六日
                                             (天鈴718年)

 ミコトノリ ミコヰソキネト  みことのり みこゐそきねと    御言宣       御子 ヰソキネと

 タリヒコト ノソムトコロオ  たりひこと のそむところお    タリヒコと     「望む所を

 モフスヘシ ヰソキネイワク  もふすへし ゐそきねいわく    申すべし」     ヰソキネ 曰く

 ユミヤヱン タリヒコイワク  ゆみやん たりひこいわく    「弓矢 得ん」    タリヒコ 曰く

 クライヱン キミフタミコノ  くらいゑん きみふたみこの    「位 得ん」     君 二御子の

 ノソムママ ユミヤタマワル  のそむまま ゆみやたまわる    望むまま      弓矢 賜わる

 アニノミヤ オトハクライオ  あにみや おとはくらいお    兄の宮       「弟は位を

 ツクヘシト          つくへしと            継ぐべし」と
 
       ミソフホフツキ        みそふふつき              三十二年七月
                                           (天鈴720年)

 ムカマカル キサキヒハスノ  まかる きさきひはすの    六日 罷る       ヒハスの

 ミオクリハ モロトミメシテ  みおくりは もろとみめして    御送りは      諸臣 召して

 ミコトノリ サキノオヒカレ  みことのり さきおひかれ    御言宣       「先の追枯

 ヨカラネハ コノオコナヒハ  よからは このおこなひは    好からねば     この行ひは

 イカニセン ノミノスクネカ  いかん のみのすくねか    如何にせん」    ノミのスクネが

 モフサクハ イケルオウツム  もふさくは いけるうつむ    申さくは      「生けるを埋む

 タメシトハ アニヨカランヤ  ためしとは あによからんや    例しとは      あに良からんや

 ハカラント イツモノハシヘ  はからんと いつもはしへ    図らん」と     出雲埴仕侍

 モモメシテ ハニテコオヨヒ  ももめして はにてこおよひ    百 召して      埴偶および

 クサクサノ カタチツクリテ  くさくさの かたちつくりて    種々の       形 造りて

 タテマツル イマヨリノチハ  たてまつる いまよりのちは    奉る        「今より後は

 ハシモノオ イケルニカエテ  はしものお いけるかえて    埴仕物を      生けるに代えて

 ミササキニ ウエテタメシト  みささきに うえためしと    御陵に       埋えて例しと

 ナスヘシヤ キミヨロコヒテ  なすへしや きみよろこひて    成すべしや」    君 喜びて

 ミコトノリ ナンチカハカリ  みことのり なんちはかり    御言宣       「汝が図り

 ワカココロ ヨシトハニワノ  わかこころ よしはにわの    我が心       好し」と 埴生の

 タテモノオ ノチノタメシト  たてものお のちためしと    奉物を       後の例しと

 サタマリテ ノミノスクネオ  さたまりて のみのすくねお    定まりて      ノミのスクネを

 アツクホメ カタシトコロオ  あつくほめ かたしところお    篤く褒め      鍛し所を

 タマワリテ ハシノツカサソ  たまわりて はしつかさそ    賜わりて      埴仕の司ぞ
 
 ミソミトシ ミワノタタネコ  みそみとし みわたたねこ    三十三年      ミワタタネコ
                                   (天鈴721年)

 ヤマシロカ タチニイタレハ  やましろか たちいたれは    山背が       館に到れば
                                (山背国造)

 サラストフ ムスメヒトリオ  さらすとふ むすめとりお    サラス 問ふ     「娘 一人を
                                  (大国サラス)

 ミヤニコフ タレニヤリテモ  こふ たれやりても    三家に乞ふ     誰に遣りても

 フハウラム コメサシタマヘ  うらむ こめさしたまへ    二は恨む      極め 指し給へ」

 コタエイフ アスカモカミノ  こたえいふ あすかもかみの    答え言ふ      「明日 賀茂神の
                                 (タタネコ)

 ミマエニテ コメサタメント  みまえにて こめさためんと    御前にて      極め定めん」と

 トモニユク ミヲヤノカミニ  ともゆく みをやのかみに    共に行く      御祖の神に
                                  (タタネコとサラス)     (河合宮)

 ニキテナシ タテマツルワカ  にきてなし たてまつるわか    和幣 成し      奉る ワカ
                                              (和歌)
 
 アメツチノ ミヨノサカエオ  あめつちの みよさかえお   『天地の       弥の栄えを

 イワハルル メヲノミヲヤノ  いわはるる めをのみをやの    祝はるる      夫婦の御祖の
                                   (尊敬)     (ウガヤとタマヨリ姫)

 カミソタフトキ        かみそたふとき          神ぞ貴き』
 
 トキニカミ ツケノミウタニ  ときかみ つけみうたに    時に神       告げの御歌に

 ヨノナカニモノオモフヒトノ  なかものおもふひとの   『世の中に      もの思ふ人の

 アリトイフハワレオタノマヌ  ありいふわれたのま    有りと言ふは    我を頼まぬ

 ヒトニソアリケル       ひとにそありける         人にぞありける』
 
 カミウタオ キキテタタネコ  かみうたお ききたたねこ    神歌を       聞きてタタネコ

 イワクコレ マヨフユエナリ  いわくこれ まよふゆえなり    曰く「これ     迷ふ謂なり

 イマヨリソ モモカモフテテ  いまよりそ もももふてて    今よりぞ      百日 詣でて

 キタリマセ ワレハカラント  きたりませ われはからんと    来たりませ     我 図らん」と

 ユクキフネ タタネコカウタ  ゆくきふね たたねこかうた    行く 貴船      タタネコが歌
 
 アワウミノ アツミノカミト  あわうみの あつみかみと   『央海の       安曇の神と

 スミノヱモ トモニキフネノ  すみのゑも ともきふねの    スミノヱも     共に貴船の

 マモリカミカナ        まもりかみかな          守り神かな』

 カモニユキ ワケイカツチノ  かもゆき わけいかつちの    賀茂に行き     ワケイカツチの
                                 (別雷宮)

 カミモマタ ニキテトワカト  かみまた にきてわかと    神もまた      和幣とワカと

 ヒトクサオ ワケイカツチノ  ひとくさお わけいかつちの   『人草を       ワケイカツチの

 マモルユエ ミヨハオサマル  まもるゆえ みよおさまる    守る故       御世は治まる

 カモノカンカセ        かもかんかせ          カモの神風』
 
 タタネコハ シルシササケテ  たたねこは しるしささけて    タタネコは     璽 捧げて
       [カエリモフサク]         [かえりもふさく]               [帰り申さく]

 カモノミヤ アルルオフシテ  かもみや あるるふして    「賀茂の宮     粗るるを伏して
                                 (河合・別雷両宮)

 オモミレハ カモトイセトハ  おもみれは かもいせとは    思みれば      賀茂伊勢とは
                                          (ニニキネ)(アマテル)
                                           (ウガヤ)

 ミヲヤナリ ステニヤフレテ  みをやなり すてやふれて    上祖なり      既に破れて

 イツホソシ マモリホソキハ  いつほそし まもりほそきは    稜威 細し      守り細きは

 オトロヒカ キミキコシメシ  おとろひか きみきこしめし    衰ひか」      君 聞こし召し

 タタネコカ マコクラマロオ  たたねこか まこくらまろお    タタネコが     孫 クラマロを

 イワヒヌシ ナモオオカモト  いわひぬし おおかもと    斎主        名もオオカモと
                                             (大鴨積命)

 カモヤシロ サラニツクラセ  かもやしろ さらつくら    賀茂社       新に造らせ

 ネツキモチ ミヲヤワタマシ  ねつきもち みをやわたまし    十一月十五日    御祖 渡坐し
                                           (ウガヤ)(賀茂御祖神社)

 アスソムカ ワケイカツチノ  あすそむ わけいかつちの    翌十六日      ワケイカツチの

 ミヤウツシ オオタタネコオ  みやうつし おおたたねこお    宮遷し       オオタタネコを
                                (賀茂別雷神社)

 サオシカノ ニキテオサムル  さおしかの にきておさむる    直御使の      和幣 納むる
 
 ツキノトシ カモニミユキノ  つきとし かもみゆきの    次の年       賀茂に御幸の
                                (天鈴722年)

 ミチツクリ サラニウチハシ  みちつくり さらうちはし    道作り       サラに打橋
                                           (佐保川)

 クリノ キツハカリハシ  つくりきの きつかりはし    作り木の      木津は仮橋
                                           (木津川)

 ヤヨヒハヒ ヤソトモソロエ  やよひはひ やそともそろえ    三月初日      八十供 揃え

 ミヤコテテ タマミツヤトリ  みやこて たまみつやとり    都 出て       玉水 宿り

 フカカアヒ ミテクラオサム  かあひ みてくらおさむ    二日 河合      幣 納む

 ミヲヤカミ ヤマシロフチカ  みをやかみ やましろふちか    御祖神       山背フチが
                                (賀茂御祖神社)      (山背国造)

 ミアエナス ミカキフネヨリ  みあえなす きふねより    御饗なす      三日 貴船より

 カモニユキ ワケイカツチノ  かもゆき わけいかつちの    賀茂に行き     ワケイカツチの
                                           (賀茂別雷神社)

 オホカミニ ミテクラオサメ  おほかみに みてくらおさめ    大神に       幣 納め

 カモスミカ ニイトノマエニ  かもすみか にいとのまえに    カモスミが     新殿前に
                                 (大鴨積命)

 トリケアフ キミタノシメハ  とりけあふ きみたのしめは    鶏 蹴合ふ      君 楽しめば
                                 (鶏合せ)

 ワランヘカ イロヨキトリオ  わらんへか いろよきとりお    童んべが      色 良き鶏を

 ホメイワク イヨカマハタヨ  ほめいわく いよかまはたよ    褒め曰く      「いよ カマハタよ」

 キミトケス マテニトフイマ  きみとけ まてとふいま    君 解けず      左右に問ふ「今

 ワランヘカ カマハタハナニ  わらんへか かまはたはなに    童んべが      カマハタは何」

 イワクコレ ハヤリウタナリ  いわくこれ はやりうたなり    曰く「これ     流行り歌なり

 オホクニカ ムスメカマハタ  おほくにか むすめかまはた    大国が       娘 カマハタ
                                (大国サラス)

 ウツクシク アメニカカヤク  うつくしく あめかかやく    美しく       大に輝く

 コレナツク ヨカウチニユク  これなつく うちゆく    これ名付く」     四日 宇治に行く
                                             (山城の宇治)

 ミチスカラ ヨキヒトエンハ  みちすから よきひとんは    道すがら      「好き人 得んば

 シルシアレ ホコトリイノリ  しるしあれ ほことりいのり    徴 あれ」      矛 取り 祈り

 オホカメオ ツケハナルイシ  おほかめお つけなるいし    大亀を       突けば 成る石

 コレシルシ ウチノカメイシ  これしるし うちのかめいし    これ 徴       宇治の亀石

 カエルノチ サラスカムスメ  かえるのち さらすむすめ    帰る後       サラスが娘
                                             (大国サラス)

 ヨヒノホセ カマハタトヘオ  よひのほせ かまはたとへお    呼び上せ      カマハタトベを

 キサキトシ イワツクワケノ  きさき いわつくわけの    后とし       イワツクワケの
                                 (内宮)

 ミコオウム イムナトリヒコ  みこうむ いむなとりひこ    御子を生む     斎名 トリヒコ

 フチカメノ カリハタトヘモ  ふちの かりはたとへも    フチが女の     カリハタトベも
                                 (山背フチ)

 ミヲヤワケ ヰイシタリヒコ  みをやわけ ゐいしたりひこ    ミヲヤワケ     ヰイシタリヒコ

 ヰタケワケ ミタリウムナリ  ゐたけわけ たりうむなり    ヰタケワケ     三人 生むなり
 
 ミソヰホノ ナツキヰソキネ  みそゐの なつきゐそきね    三十五年の     九月 ヰソキネ
                                 (天鈴723年)

 タカイシト チヌノイケホル  たかいしと ちぬいけほる    高石と       茅渟の池 掘る
                                (河内の高石)

 メツキホル サキトアトミト  めつきほる さきあとみと    十月 掘る      狭城迹見と

 モロクニニ ヤモノイケミソ  もろくにに やもいけみそ    諸国に       八百の池溝

 ツクラシム ナリワヒフエテ  つくらしむ なりわひふえて    造らしむ      成生 増えて

 タミトメル          たみとめる            民 富める
                                                           (「富む」の連体形)
 
       ミソナホハツヒ        みそなはつひ              三十七年 初日
                                           (天鈴725年)(元日)

 ヲミヱタツ タリヒコハソヤ  をみゑたつ たりひこそや    ヲミヱ 立つ     タリヒコは十八
                                    (他動詞)

 ヨツキミコ          よつきみこ            世嗣御子      
 
       ミソコホメツキ        みそこめつき              三十九年十月
                                           (天鈴727年)

 ヰソキネハ ウチミテツクル  ゐそきねは うちみつくる    ヰソキネは     打ちみで造る
                                             (鍛造)   (⇔鋳造る)

 チツルキオ アカハタカトモ  つるきお あかはたかとも    千剣を       "アカハタカ" とも

 ナオツケテ オシサカニオク  つけて おしさかおく    名を付けて     忍坂に置く

 コノトキニ シトリヘタテヘ  このときに しとりへたてへ    この時に      シトリ侍 タテ侍

 オホアナシ ユミヤハツカシ  おほあなし ゆみやはつかし    オホアナシ     刃造仕

 タマヘカミ アマノオサカヘ  たまへかみ あまのおさかへ    尊瓮守       天のオサカ侍

 チノヘキヘ タチハカセヘノ  ちのへきへ たちはかせへの    地のヘキ侍     タチハカセ侍の

 トシナヘオ アハセタマワル  しなお あはせたまわる    十品侍を      合わせ賜わる

 ニシキミコ チツルキウツス  にしきみこ つるきうつす    ニシキ御子     千剣 移す

 イソノカミ カミカカスカノ  いそのかみ かみかすかの    石上        神が春日の
                                 (争の込)        (春日県主)

 イチカワニ ツケオサメシム  いちかわに つけおさめしむ    イチカワに     告げ 納めしむ

 ニシキミコ ツカサトナセル  にしきみこ つかさなせる    ニシキ御子     司となせる
                                        <イチカワ    (「なす」の連体形)
                                       を石上の>
 
 ムソヨトシ サミタレヨソカ  むそよとし さみたれよそ    六十四年      五月雨 四十日
                                 (天鈴752年)

 フリツツキ イナタミモチニ  ふりつつき いなたみもちに    降り続き      稲田 みもちに

 イタミカル キミニモフセハ  いたみかる きみもふせは    傷み枯る      君に申せば

 ミツカラニ カセフノマツリ  みつからに かせふまつり    自らに       カセフの祭

 ナシマセハ ヤハリワカヤキ  なしませは やはりわかやき    なしませば     やはり若やぎ

 ミツホナル カエリモフテノ  みつほなる かえりもふての    瑞穂 成る      返り詣での

 ホツミオモ ミツカラマツリ  ほつみおも みつからまつり    果実をも      自ら祭り
                                (果実の祭)

 タマフユエ クニユタカナリ  たまふゆえ くにゆたかなり    給ふ故       国 豊かなり
 
 ヤソナホノ キサラキヰカニ  やそなの きさらきに    八十七年の     二月五日に
                                 (天鈴775年)

 ニシキミコ イモトニイワク  にしきみこ いもといわく    ニシキ御子     妹に曰く

 ワレヲヒヌ ミタカラモレヨ  われをひ みたからもれよ    「我 老ひぬ     御宝 守れよ」
                                           (千剣)

 ヲナカヒメ イナミテイワク  をなかひめ いなみいわく    ヲナカ姫      辞みて曰く

 タオヤメノ ホコラタカクテ  たおやめの ほこらたかくて    「嫋女の      祠 高くて」

 マタイワク タカケレハコソ  またいわく たかけれはこそ    また曰く      「高ければこそ

 ワカツクル カミノホコラモ  つくる かみほこらも    我が造る      神の祠も
                                           (争の神)

 カケハシノ ママトウタエハ  かけはしの ままうたえは    懸梯の       まま」と訴えば

 ヲナカヒメ モノヘトチネニ  をなかひめ ものへとちねに    ヲナカ姫      モノベトチネに

 マタサツク タニハミカソカ  またさつく たにはみかそか    また授く      丹波ミカソが
                              <懸橋を>

 イヱノイヌ ナハアシユキカ  いゑいぬ あしゆきか    家の犬       名はアシユキが

 クヒコロス ムシナノハラニ  くひころす むしなはらに    食ひ殺す      狢の腹に

 ヤサカニノ タマアリオサム  やさかにの たまありおさむ    ヤサカニの     珠あり 納む

 イソノカミ          いそのかみ            石上
 
       ヤソヤフミソカ        やそやふみ              八十八年 七月十日
                                           (天鈴776年)

 ミコトノリ ワレキクムカシ  みことのり われきくむかし    御言宣       「我 聞く 昔

 シラキミコ ヒホコカツトノ  しらきみこ ひほこつとの    新羅御子      ヒボコが苞の

 タカラモノ タシマニアルオ  たからもの たしまあるお    宝物        但馬にあるを
                                          (出石神社)

 イマミント ヒホコカヒマコ  いまんと ひほこかひまこ    今 見ん」と     ヒボコが曽孫

 キヨヒコニ サオシカヤレハ  きよひこに さおしかやれは    キヨヒコに     直御使 遣れば

 タテマツル ハホソアシタカ  たてまつる はほそあしたか    奉る        ハホソ アシタカ

 ウカカタマ イツシコカタナ  うかかたま いつしこかたな    ウカカ珠      イツシ小刀

 イツシホコ ヒカカミクマノ  いつしほこ ひかかみくまの    イツシ矛      ヒ鏡 奠の

 ヒモロケス イテアサノタチ  ひもろけす いてあさたち    胙陶        イテアサの太刀

 ヤツノウチ イツシコカタナ  やつうち いつしこかたな    八つの内      イツシ小刀

 ノコシオキ ソテニカクシテ  のこしおき そてかくして    残し置き      袖に隠して
                                                <御前に>

 ハキイツル スヘラキコレオ  はきいつる すへらきこれお    佩き出づる     皇 これを

 シロサステ ミキタマハレハ  しろさ みきたまはれは    知ろさずて     御酒 賜はれば

 ノムトキニ ハタヨリオチテ  のむときに はたよりおちて    飲む時に      肌より落ちて

 アラワルル キミミテイワク  あらわるる きみいわく    露わるる      君 見て曰く

 ソレナンソ ココニキヨヒコ  それなんそ ここきよひこ    「それ 何ぞ」    ここにキヨヒコ

 カクシヱス ササクタカラノ  かくし ささくたからの    隠し得ず      「捧ぐ宝の

 タクイナリ キミマタイワク  たくいなり きみまたいわく    類なり」      君 また曰く

 ソノタカラ アニハナレサル  そのたから あにはなれさる    「その宝      あに離れざる

 タクイカト ヨツテササケテ  たくいかと よつてささけて    類か」と      よって捧げて

 オサメオク ノチニヒラケハ  おさめおく のちひらけは    納め置く      後に開けば

 コレウセヌ キヨヒコメシテ  これうせぬ きよひこめして    これ 失せぬ     キヨヒコ 召して

 モシユクヤ コタエモフサク  もしゆくや こたえもふさく    「もし 行くや」   答え申さく

 サキノクレ コタチミツカラ  さきくれ こたちみつから    「先の暮      小太刀 自ら

 キタレトモ ソノアスノヒニ  きたれとも そのあすに    来たれども     その翌の日に

 マタウセヌ キミカシコミテ  またうせぬ きみかしこみて    また失せぬ」    君 畏みて

 マタトワス オノツトイタル  またとわ おのつといたる    また問わず     自づと至る

 アハチシマ カミトマツリテ  あはちしま かみまつりて    淡路島       神と祭りて
                                            (出石神社)

 ヤシロタツ          やしろたつ            社 建つ
                                  (他動詞)
 
       コソホキサハヒ        こそきさはひ              九十年二月一日
                                                                       (天鈴778年)

 ミコトノリ カクオモトメニ  みことのり かくもとめに    御言宣       「を求めに

 タシマモリ トコヨニユケヨ  たしまもり とこよゆけよ    タジマモリ     トコヨに行けよ

 ワカオモフ クニトコタチノ  おもふ くにとこたちの    我が思ふ      クニトコタチの

 ミヨノハナ コソコホサシヱ  みよはな こそこさしゑ    御代の木」     九十九年 サシヱ
                                            (天鈴787年)

 アフミハヒ キミマカルトシ  あふみはひ きみまかるとし    七月初日      君 罷る 歳

 モモミソナ ミコノモハイリ  ももみそな みこもはいり    百三十七      御子の喪罷入り
                                          (ヲシロワケ)

 ヨソヤヨル ハニタテモノシ  よそやよる はにたてもの    四十八夜      埴奉物し

 シハスソカ スカラフシミニ  しはす すからふしみに    十二月十日     菅原伏見に

 ミオクリノ タヒモカカヤク  みおくりの たひかかやく    御送りの      灯も輝く

 カミノミユキソ        かみみゆきそ          神の御幸ぞ
 
 アクルハル ヤヨヒニカエル  あくるはる やよひかえる    明くる春      三月に帰る
                                   (天鈴788年)

 タシマモリ トキシクカクツ  たしまもり ときしくかくつ    タジマモリ     研き優く橘果

 フソヨカコ カクノキヨサホ  ふそよかこ かくさほ    二十四篭      橘の木 四竿

 カフヨサホ モチキタルマニ  かふよさほ もちきたるに    株 四竿       持ち来たる間に

 キミマカル ミヤケナカハオ  きみまかる みやけなかはお    君 罷る       土産 半ばを

 ワカミヤエ ナカハオキミノ  わかみやえ なかはおきみの    若宮へ       半ばを君の
                               (ヲシロワケ)

 ミササキニ ササケモフサク  みささきに ささけもふさく    御陵に       捧げ申さく

 コレヱント ハルカニユキシ  これんと はるかゆき    「これ 得んと    遥かに行きし
                                   (橘)

 トコヨトハ カミノカクレノ  とこよとは かみかくれの    トコヨとは     神の隠れの
                                             (垂仁天皇の死)

 オヨヒナキ フリオナシムノ  およひなき ふりなしむの    及びなき      風を馴染むの
                                           <所>

 トトセフリ アニオモヒキヤ  とせふり あにおもひや    十年 経り      あに思ひきや

 シノキヱテ サラカエルトハ  しのきて さらかえるとは    凌ぎ得て      更 帰るとは

 スヘラキノ クシヒニヨリテ  すへらきの くしひよりて    皇の        貴日によりて

 カエルイマ ステニサリマス  かえるいま すてさります    帰る今       既に去ります

 トミイキテ ナニカセントテ  とみいきて なにんとて    臣 生きて      何か為ん」とて

 オヒマカル モロモナンタテ  おひまかる もろなんたて    追ひ罷る      諸も涙で

 カクヨモト トノマエニウヱ  かくもと とのまえにうゑ    橘 四本       殿前に植え
                                           (珠城宮)

 カフヨモト スカハラニウユ  かふよもと すかはらうゆ    株 四本       菅原に植ゆ
                                          (菅原伏見陵)

 ノコシフミ ミコミタマヒテ  のこしふみ みこたまひて    遺し文       御子 見給ひて
                                            (ヲシロワケ)

 カクキミカ ハナタチハナハ  かくきみか はなたちはなは    橘君が       ハナタチバナは
                                (橘モトヒコ) 

 カレカツマ オシヤマヤリテ  かれつま おしやまやりて    故が妻       オシヤマ 遣りて
                               (タジマモリ)

 ヨハシムル チチモトヒコト  よはしむる ちちもとひこと    呼ばしむる     父 モトヒコと

 ノホリクル ミコヨロコヒテ  のほりくる みこよろこひて    上り来る      御子 喜びて

 モトヒコニ ユルシハタマヒ  もとひこに ゆるしはたまひ    モトヒコに     許し衣 賜ひ

 モオツトム ハナタチハナカ  つとむ はなたちはなか    喪を務む      ハナタチバナが

 サツキマツ ヨハニウムコニ  さつきまつ よはうむに    五月末       夜半に生む子に

 ミコトノリ ムカシノヒトノ  みことのり むかしひとの    御言宣       「昔の人の

 トム ヲトタチハナト  ととむ をとたちはなと    緒を留む      ヲトタチバナ」と

 ナオタマヒ ニタルスカタノ  たまひ たるすかたの    名を賜ひ      似たる姿の
                                     <タジマモリに>

 オシヤマニ トツクハハコモ  おしやまに とつくははも    オシヤマに     婚ぐ母子も

 ヲンメクミ フカキユカリノ  をんめくみ ふかきゆかりの    御恵み       深き縁りの
                                      <オウスとの>

 タメシナルカナ        ためしなるかな          試しなるかな
                                 (始まり)
 

 最終更新:2011/04/15

 

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