タジマモリ

→ 語義

田道間守。 
キヨヒコ
の子。 垂仁の命でトコヨ国(ホツマ・ヒタカミ)へ行って敵情を視察し、カグの木実を持って帰るが、すでに天皇は世を去っていたので追って殉死する。 三宅連の祖。 オトタチバナ姫の実父。

■タジマモリは三宅連の祖とあるが、三宅とは「土産(トコヨから持ち帰った橘)」の意か。

 

シラキ君┬──アメヒボコ
    │    ┃
    └チコ  ┃──モロスケヒラナギキヨヒコタジマモリ
         ┃                   ┃
フトミミ────マタオ                  ┃──オトタチバナ姫
                             ┃      ┃
マウラ … … … … … … タチバナモトヒコ──ハナタチバナ姫  オウス

 

静岡県引佐郡引佐町井伊谷、三宅(ミヤケ)神社。 
兵庫県豊岡市三宅、中嶋(ナカジマ)神社

★「タジマモリの墓は、現在奈良市尼辻町にある垂仁天皇の大きな前方後円墳の周濠中に浮かぶ小島が彼の墓だと言われています。 又、持ち帰った橘はその後、垂仁天皇の纒向珠城宮(マキムクタマキ)のあった穴師(アナシ)の里に植えて広められ、ここのミカンは代々天皇に献上されるようになりました。」
★垂仁天皇は、三輪山の西北のふもと、穴師という所にあった纒向珠城宮(まきむくのたまきのみや)を皇居としておられたが、今は蜜柑畑のひろがる大和の蜜柑所となっている。

供末人 挟処に 残し 出嶋 フトミミが マタオを娶り アメヒボコ モロスケを生む モロスケは ヒナラギを生む ヒナラギは キヨヒコを生む キヨヒコは タジマモリ 生む』35文
を求めに タジマモリ トコヨに行けよ 我が思ふ クニトコタチの 御代の木』37文
『明くる春 三月に帰る タジマモリ 研き優く橘果 二十四篭 橘の木 四竿  四竿 持ち来たる間に  罷る』37文
『土産 半ばを 若宮へ 半ばをの 御稜に 捧げ申さく "これ 得んと 遥かに行きし トコヨとは の隠れの 及びなき を馴染むの 十年 経り あに思ひきや 凌ぎ得て 更 帰るとは の 貴日によりて 帰る今 既に去ります  生きて 何か為ん" とて 追ひ罷る』37文
『遺し文 御子 見給ひて 橘君が ハナタチバナは が妻 オシヤマ 遣りて 呼ばしむる』37文
『先にタジマが 遺し文 "国 染まざれば 橘の木を 得んと思えば 橘の モトヒコが家に 年 経りて 馴染みて巡る ヒタカミと シマツの君に 会い知りて やや得て橘を 引かぬ間に  神となる 散々悔み 今 若宮に 奉る  が モトヒコに 結ぶしづくの 源を 思して ホツマ 領ろし召せ"』39文

 

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