小碓命。
景行天皇(ヤマトヲシロワケ)とヰナヒヲイラツ姫の双子の一人。 斎名:ハナヒコ。 =ヤマトタケ(日本武尊)。
ヲウスとは双子。 景行2年12月15日、臼端に餅花を成した時に生まれたのでハナヒコ(双子のヲウスはモチヒト)。
27年12月、再び背いたクマソの征伐に向かいこれを成就。
40年10月、サカオリ宮のタケヒの要請に応じてヱミシ討伐に出発する。 シマツミチヒコ・ヒタカミミチノクを帰順させ、相模に戻る。 大磯でオトタチバナ姫を祭った後(吾妻神社)、自らの先御魂がソサノヲ(ハナキネ)であったことを悟り、大宮を建ててヒカハ神を祭る(氷川神社)。 またヱミシ征討に使った武器を秩父山に奉納する。 ホツマ・信濃路・木曽路と狩り廻り、尾張へ。 伊吹山のイフキ神に祟られ足を痛める。 そこからイセに向かう途中、ノボノで罷り、白イトリと化して天に昇る(41年)。 白イトリは大和のコトヒキハラ、河内のフルイチに各々4枚の尾羽を落としていったので、ノボノ、コトヒキハラ、フルイチそれぞれに御陵を造る。 生前の希望通りにハラミの宮をアイチダに写して新ハラ宮が建てられそこに祭られる(熱田神宮)。 ヤマトタケに対しては「ミユキ」「ミカリ」「スベラキミ」「キミ」など天皇と同格の言葉が用いられている。
ホノアカリ┐
├┬ニギハヤヒ──────ウマシマチ
タマネ姫─┘│
└タケテル(タケヒテル)─タケトメ
┌…─…─…─…─┘
:
│ タカクラシタ┐
: ├アメヰダキ─アメオシヲ─┬オキツヨソ
│クメ─イスキヨリ姫┘ ├建額赤彦──┐
: (カンタケより下される) └ヨソタリ姫 │
│ ┌─────────────────────────┘
: │
│ └タケヅツグサ─タケトメ─┬健宇那比命─┬タケモロズミ
: ↑ │ └オオアマ姫
└…─…─…─…─…─…─┘ │
(養子) └健多乎利命─オトヨ─ミヤズ姫
┃
ヤマトタケ
孝霊天皇━弟ワカタケヒコ━キビツヒコ┳キビタケヒコ┳御友別命━オトヒコ ┃ ┃ ┃ ┗アナトタケ姫 ┃ ┃ ┗ヰナヒヲイラツ姫┳オウス ┃ ┗ヲウス
イクメイリヒコ─┐
(垂仁天皇)├───ヤマトヲシロワケ(景行天皇) ┌ (1)ヲウス
ヒハス姫────┘ ┃ │ (双子)
┃ ──────────┴ (2)オウス
キビツヒコ───────ヰナヒヲイラツ姫[内宮1]
ヤマトヲシロワケ─┐
(景行天皇)├───オウス(ヤマトタケ) ┌ (1)イナヨリワケ
ヰナヒヲイラツ姫─┘ ┃ ├ (2)タリナカヒコ(仲哀天皇)
┃ ├ (3)ヌノオリ姫
オオタンヤワケ──────フタヂイリ姫[妻]─────┴ (4)ワカタケ
┃
キビタケヒコ───────アナトタケ姫[内妻]────┬ (5)タケミコ
┃ └ (6)トキワケ
┃
オシヤマ─────────オトタチバナ姫[スケ妻]──┬ (7)ワカタケヒコ
┃ ├ (8)イナリワケ
┃ ├ (9)アシカミカマミ
┃ ├(10)タケコカヒ
┃ ├(11)イキナガタワケ
┃ ├(12)ヰソメヒコ
┃ └(13)イカヒコ
┃
オハリ連─────────ミヤズ姫[後の妻]─────┬(14)タケダ
└(15)サエキ
愛知県名古屋市熱田区神宮、熱田(アツタ)神宮。
大阪府堺市鳳北町、大鳥(オオトリ)大社。
滋賀県大津市神領、建部(タケベ)神社。
静岡県静岡市清水区山切字宮平、久佐奈岐(クサナギ)神社。
静岡県焼津市焼津、焼津(ヤイヅ)神社。
『キビツヒコが女
立つ 后 播磨のイナヒ ヲイラツ姫 内侍の時に
去年四月 孕みて生まず 二十一月 経て 十二月十五日
臼端に 餅花 成して 双子
生む 兄の名 モチヒト
ヲウス御子 弟の名 ハナヒコ
オウス御子』38文
『共に勇みて 人成は 身の丈 一丈 兄は弱く 弟は二十力』38文
『ヲヲウスおよび ヤマトタケ ヰモキイリヒコ ヰモノ姫 ワカタラシヒコ トヨトワケ 六人
親王の 名を帯ふる 余り
七十五子 国 県 分け治む その 末 多し』38文
『クマソ
背きて また犯す 十月十三日 御言宣 オウス御子して 討たしむる』38文
『オウス 申さく "良き射手を あらば連れん"
と 皆 申す "三野のオトヒコ 秀でたり"』38文
『葛城ミヤト 遣わして 召せば
オトヒコ イシウラの ヨコタテおよび タコヰナギ チチカイナギを 率き連れて 従ひ行けば』38文
『コウス御子 十二月に行きて クマソ等が 国の盛衰 覗えば トリイシカヤが 川上に 長けるの族 群れ寄りて 安座なせば』38文
『コウス君 乙女姿の 御衣の内 剣
隠して 優みせし 乙女の見めに 交われば 携え入るる 花筵 身を上げ
酒の 戯れや』38文
『夜 更け 酔えれば コウス君 肌の剣を 抜き持ちて 長が胸を 刺し徹す』38文
『長が曰く "今
しばし 剣 止めよ 言あり" と 待てば "汝は 誰人ぞ" "皇の子の コウスなり"』38文
『長 また言ふ "我はこれ 国の強者 諸人も 我には過ぎず 従えり 君の如くの 者
あらず 奴が捧ぐ 名を召すや" 君
聞きませば "今よりは ヤマトタケとぞ 名乗らせ"と』38文
『言いつ終れば ヤマトタケ オトヒコ
遣りて 朋族を 皆 討ち治め 筑紫より 船路を帰る』38文
『穴門・吉備 渡り 粗ぶる 者
殺し 浪速カシハの 愚族 皆
殺し得て 二十八年の 二月初日 纏向の 都に帰る』38文
『ヤマトタケ 申す形は "皇の 御霊によりて クマソ等を ひたに殺して 悉く平け 西は異無く ただ吉備の 穴門
浪速の カシハ辺 悪しき気
吹き 満ち行くも 災い回る 溢れ者 海と陸との 道
開く"』38文
『ヤマトタケ "先には臣等 西を討つ 東を討つは モチヒトぞ" 時にオホウス 慄きて』39文
『ヤマトタケ ミチノク
許し 勿来より 北はミチノク 国の守 百県の初穂 捧げしむ』39文
『ハナヒコは 我が先御魂 知ろしめし 川合の野に 大宮を 建てて祭らす ヒカワ神 軍器は 秩父山』39文
『碓氷の坂に ヤマトタケ 別れし姫を 思ひつつ 東南を望みて 思ひ遣り 形見の歌見 取り出だし
見て "実々し 相模の小野に 燃ゆる日の 火中に立ちて 訪ひし君はも" これ
三度 吾妻 あわやと 嘆きます 東の元や』39文
『ヤマトタケ君 木曽方より 至る尾張の タケトメが 孫の連の 家に入る』40文
『サカオリの 宮は昔の ハラの宮 なお存えり 我が願ひ 写して姫と 楽しまん』40文
『連 申さく "臣
行きて 絵描き写さん" 君 愛笑す 連
下りて サカオリの 宮を詳しく 絵に写し』40文
『荒ぶる神の 現るを聞き 剣
解き置き 軽んじて 至る神方に 和幣
無く 行き過ぐ道に イフキ神 大オロチ
成して 横たわる』40文
『"これ汝 あれかた神の 仕ひなり あに求むるに 足らんや"
と 踏み越え 行けば イフキ神 ツララ
降らして 明を奪ふ』40文
『強いて凌ぎて 押し歩み 僅か出で行く 心 酔ひ 燃ゆる如くに 熱ければ 泉に冷ます 冷が井や』40文
『御足 傷むを やや悟り 尾張に帰り ミヤツ姫の 家に入らずて 伊勢の道 尾津の一松』40文
『置忘れど 直に迎える 一つ松 あはれ ヒトマツ 人にせば 衣
着せましを 太刀 佩けましを』40文
『甚さかに 慰み行けど 足
傷み 弥に曲がれば 弥村ぞ 費え尽き坂も やや越えて』40文
『能褒野に痛み 重ければ 虜
五人を 宇治に遣り カシマ尊の 添人ぞ』40文
『キビタケヒコは 都方へ 上せ申さく その文に "ハナヒコ
申す 臣 昔 御言を受けて ホツマ
討ち 天の恵みと 稜威により 粗ぶる守も 服えば 悉く治めて 今
ここに 帰れば 命 夕付く日 乞ひ願わくは 何時の日か 御言
返さん 野に臥して 誰と語らん 惜しむらく 見えぬことよ 天地の法かな"』40文
『"我 東西を平け 事 成れば
身を 滅ぼせる 僕等 休ます 日も無き" と ナツカハギして ハナフリを 皆
分け賜ひ』40文
『"歌 詠めば アツタの神と 早なる"
と 湯 浴み 衣を替え 南に向ひ 人身
辞むの 歌はこれぞと '熱治宣'』40文
『辞む時 東西の使人と 父母に 仕え満てねど サコクシロ 神の八手より 道
受けて 生れ 楽しむ 還さにも 誘い
ちどる 懸梯を 登り 霞の 楽しみを 雲居に待つと 人に答えん』40文
『時に骸 なる斎鳥 出づれば
諸と 御陵の 御棺を見れば 冠と 笏と御衣裳と 留まりて』40文
『白斎鳥 追ひ尋ぬれば 大和国 琴弾原に 尾羽
四枝 置きて 河内の 古市に また四羽
落つる』40文
『白鳥も 終に雲居に 飛び上る 尾羽は恰も 上の世の 世掃しぞ
これ 東西も皆 治せば 罷れる 陽陰法ぞ』40文
『"ヤマトには 我に長けたは 御子ばかり 故
御名 付けん 聞きますや" 許せば捧ぐ 'ヤマトタケ'』40文
『ヤマトタケ イマスの孫の タンヤが女 フタヂイリ姫 生む御子は イナヨリワケの タケヒコと タリナカヒコの カシキネと ヌノオリ姫と ワカタケぞ』40文
『キビタケヒコが アナトタケ 内妻に生む タケミコと トキワケとなり』40文
『オシヤマが オトタチバナを スケ妻に ワカタケヒコと イナリワケ アシカミカマミ タケコガヒ イキナガタワケ ヰソメヒコ イガヒコ等
生む』40文
『尾張が女 ミヤズ姫
また 後の妻 タケダとサエキ 二人
生む』40文
『ミヤツ姫 寝巻のままに 出で迎ふ 姫の裳裾に 月穢の 染みたるを見て ヤマトタケ 短歌して』40文
『久方の 天の橘山 遠離方より 岨
渡り来る日 細嫋 腕を巻かん とはすれど 添寝んと吾は 思えども 汝が着ける襲の 月
立ちにけり』40文
『ヤマトタケ 叔母より賜ふ ムラクモを 姫が家に置き 伊吹山』40文
『館を歌い "愛しきやし 我家の方ゆ 雲
出立ち来も (雲居館
来も)"』40文
『能褒野にて 神
なる時に 遺し歌 ミヤズ姫へと "アイチタの 乙女が床に 我が置きし 伊勢の剣の
(妹背の連きの) 断ち別るやわ"』40文
『その夜の夢に ツシマ杜 白斎鳥
現る ヤマトタケ』40文
『大神 ソサノヲに 曰く
"如何ぞ 地 望む" 陽陰法
成せば 地の守 教えの歌に "天が下 和して恵る 日月こそ 晴れて明るき 民の父母" これ
解けず 罪に落つるを イフキ神 率きて守とす ニニキネは この心
以て ほつま
得て 天君となる 羨みて 仮の親子ぞ』40文
『御言 受け 東西 平け 還る 神・賤が 見えて
臍ち 熱さ 治す 父母の恵み 倦まざるや』40文
『折り数え歌 "我が光る 晴みつ錦 アツタ神 元つ粗衣に 復れるか
ヒカワ"』40文
『"我は賎しき ヒカワ神 元に返る"
と 恵み凝る 迷いを諭す 示しなり 昔
曰くは 人は神 神は人なり 名も褒まれ 満ち逹つ典の 神は人 人
素直にて ほつま 行く 真
神なり』40文
『告げにより 名もアツタ神 ミヤズ姫 斎に比べ 神主も 宮司
並み』40文
『上が代の 経矛の道も やや離ふ 枯れを治むる ヤマトタケ 神に還さの 遺し文』ミ序