ヰモノヒメ・クスコ

→ 語義
  

五百野媛。久須姫命。 
景行天皇(ヤマトオシロワケ) ミツハイラツ姫の子。斎名:クスコ。 
十四歳の時、景行の筑紫平定を感謝して妹背の神を祭り、百八歳のヤマト姫に代わって、三代目の内親王(御杖代)となる。

  

イクメイリヒコ─┐
      (垂仁天皇)├───ヤマトヲシロワケ(景行天皇)
ヒハス姫────┘       ┃
                                ┃
イワツクワケ──────ミツハイラツメ[ミオの典侍]─────(16)ヰモノ姫クスコ 
   
  

三重県志摩市浜島町南張、楠御前八柱 (クスゴゼンヤハシラ) 神社 (楠の宮)
  

★三重県美里村五百野(イオノ)には、五百野皇女が都へ帰る途中この地で病を得て亡くなったという伝説があり、「景行天皇皇女久須姫命之古墳」の碑が立てられている。ほど近くの高宮神社には久須姫命が祀られている。古くはここに伊勢神宮の御厨(みくりや)があり、神宮と関係の深い土地でもあった。また浜島町南張(なんばり)には楠御前八柱神社がある。
  

『またイワツクの 子のミツハ イラツ姫 三尾の 典侍 生む子 ヰモノ姫クスコ 内親君38文
ヲヲウスおよび ヤマトタケ ヰモキイリヒコ ヰモノ姫 ワカタラシヒコ トヨトワケ 六人親王の 名を帯ふる』
38文
ヰモノ姫 クスコ内親王 妹背の神 祭る祝は 筑紫平け 姫 今年十四』38文
ヤマト姫 今年百八 喜びて "齢 至れば 我 足りぬ  我が八十モノベ 十二司 ヰモノに移し 仕えしむ"』
クスコの 御杖代 高の宮居に 謹みて 仕え侍べる』38文

  

  

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