『和してアワを 胞衣として ヤマト秋津洲 淡路島 伊予阿波二名 隠岐三子 筑紫
吉備の児 佐渡 大島
』3文
『鑑みれども 神孫の 千五百
大人ある その中に 陽陰の道
得て 人草の 嘆きを和す 守
あらず』4文
『道なす歌に「天が下 和して巡る 日月こそ
晴れて明るき 民の父母なり」』7文
『ただ和らぎを 手立てなり』8文
『また八重垣は 西(右)に預け 争み
あらば 能く平けて 恵み和せと』11文
『十六万八千の モノ
添ひて 人
生まる時 本つ神 そのタエ守が 種
下し モノと魂・魄 結ひ和す』14文
『法を誤る マスヒトの 褒め過ぎ
ねぢけ 横しまが 経を捩けて 床闇の 斜
和して やや統つむ』17文
『ハラ央君 遺言より 二民の争いあれば 臣
遣りて 和し裁きて』24文
『和
無きを "追って" と言えば 御子も去る 異侍が告ぐる クシミカタ 君に申さく "シムの恥"』31文